ありがとう Fly high!

あったかいねー。名古屋はあったかい。


お世話になった方が肉体を離れたというしらせを受けた。
その日の朝、わたしはふとそのひとが以前にわたしに言ってくれた言葉を思い出していた。
人の目が気になってるときに、わたしはその言葉をよく思いだす。
するとホッとして正気になるのだ。ああ、人の目は幻想だったわって。
ほんとは、人の目ではなくて内側の冷たい声。そしてその内側の冷たい声はほんとは昔に聞いただれかの声。
それってただの噂話とおなじよね。その噂話を本気にする?いまここにあるものよりも?
そう考えると自分の目、耳、触感はまちがいないなって感じる。


★★★3月7日土曜 自分のギフトを生きる3回連続講座 
第1回目テーマ 「リラクゼーション」

2020年3月7日土曜日 10:00〜13:00
場所:名古屋市中区
参加費:8.000円(3回継続参加3回分:22.000円)
持ち物:身体を包むようなショール・マフラーなど、身体を締めつけない恰好(着替えできます)
ファシリテーター:マルガ


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★マルガのオリジナルセッション つながるセッション



予約・問い合わせ先
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おもいでばなし

★3月7日 連続講座スタート!
自分自身のギフトを生きるために。
毎回のテーマからしっかりと自分とつながっていきます。
第1回目 テーマは「リラクゼーション」
詳細はこちら
3月7日連続講座開催!


今日は朝思い出したことがある。20年ほど前の話。
すごくしんどい時間を過ごしていたことがある。
息をするのも大変な時期が過ぎて、少しづつ生活が送れるようになってきた。誰とも連絡をとらずに過ごしていたけど、久しぶりに学生時代の友人にメールをした。
わたしのいいとこってどんなとこ?と。言葉はちがうけど、ヘルプミーってその時のわたしは言ってたんだと思う。
久しぶりに届いたメールがそんな内容で友人は驚いたかもしれない。けど、どうした?とも尋ねずに、彼女が感じるわたしのいいところ好きなところをたくさん書いて送ってきてくれた。ほんとにめっちゃたくさん書いてくれてて、ありがたくて泣いたなぁ。その言葉にたすけてもらった。というより、その友人の愛にわたしはたすけられた。
どこかの場面でだれかのおかげさまにてここにいてる。
今朝、しっとりソフトなエネルギーが流れてた朝に思い出したこと。リラクゼーションのことを書こうと思っていたら、こんな話に。






★★★3月7日連続講座ー自分のギフトとつながる
2020年3月7日土曜日 10:00〜13:00
第1回目テーマ 「リラクゼーション」
場所:名古屋市中区
参加費:8.000円(3回継続参加3回分:22.000円)
持ち物:身体を包むようなショール・マフラーなど、身体を締めつけない恰好(着替えできます)
ファシリテーター:マルガ

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苦手はまぼろし


苦手なものある?わたしはある。
もしいろんな人と比べるとしたら、他の人より苦手なことは多い方かもしれない。

小さいころ母がよく言ってた。
あんた、苦手なもんだらけで大変やねーって、イヤミもふくめ、笑
いや、けど、ほんまよね。


苦手なものってマインドの言い訳なんだなーってわかったの。怖がる担当のマインドの逃げ方のひとつなんだって。
みんなは既に知っていたかしら・・。わたしは今回とっても腑に落ちたの。

あれも苦手、これも苦手、言ってる本人はそれをおかしなことと思ってないし、好みがあって当然って思ってる。

けども、その苦手の中のほとんどが頭・マインドの作り上げたもので、実際には苦手とわかるほど体験してないの。そのものを知らないで言ってる。はなから決めつけてる。簡単にいうと、それは思い込みです。

その苦手を本気にとってしまうと、どんどん狭いところに自分を追い込んでいく。苦手なものだらけで世界は生きづらい。

苦手と好み・好き嫌いはちがう、それらは分ける。これらをごっちゃにすると本能がおかしくなってしまう。
好き嫌いという本能的なものは大事。本能、動物的な感覚なんだろうと。
それが感じられなくなると、動物であれば本来なら食べてはいけないものを食べてしまうとか、テリトリーがわからなくなるとか起こる。それは生きる死ぬのこと。

したいことがわからない、という人が多いって聞く。ウーヌスのクライアントの中にはそうゆうことを言う人がほとんどいないからわたしは実感がないんやけど、もし本当にしたいことがわからなくて悩んでる人がいるなら、この本能という所から見ると、それはそのひとにとって大きいことだろうっておもう。生死のことだから。でも、その人たちの中には、本当はでっかい夢があって、それは難しいって決めつけてるのだとしたら?それこそマインドの声だからって気づけたらいいね。したいことあるやんって話。したいことって遠くにあると思ってて実はもう今ここで自分を生きてたわってのもあるだろうし。


自分の「苦手」を見直してみるとってもいい機会だった。
わたしから苦手がどんどん無くなっていく・・!あれもこれもまぼろしでしたわ。



★3月7日土曜日 ワークショップを開催します!
「ギフトを生きる」ための3回連続のグループ。
第1回目は「リラクゼーションー等身大の自分にホッとする」
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2020年3月7日土曜日 10:00〜13:00
場所:名古屋市中区
参加費:8.000円(3回継続参加3回分:22.000円)
持ち物:身体を包むようなショール・マフラーなど、身体を締めつけない恰好(着替えできます)
ファシリテーター:マルガ


★★★マルガのオリジナルセッション
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あれとこれを分ける

立春。あけましておめでとうございます。

ウーヌスの裏の敷地のマンション建設もほぼ終わり、鳥たちが戻ってきたのでうれしい。騒音生活、ほんとにしんどかったー。
今日の鳥たちの声は完全に春に入ったことを知ってた声だったな、体内の暦の精巧さ。


最近のわたしは、あれとこれをちゃんと分ける、ということをとっても大事にしてる。

いろんなことをごちゃまぜにしてたなぁって自分を含めいろんなひとの言動から気づく。ある種のトラップにはまってたかもってぐらい、そのパターンーごちゃまぜにすることーを無意識にしてることに気づくと、いまいる場所にしっかりいる感覚がする。冷静さをとりもどしたみたい。

こうなったのは(結果)、ああだったから(原因)。
例えば、こうなってしまったのは自分があの時ああやったからだとか。無意識に因果関係があるように思ってる。
良いことが起こっても悪いことが起こっても、こうなったのはああだから。
いろんなことは原因と結果の法則による。

ほんまかな?って、そのパターンのメガネ外してみたら、ほんまじゃないことがたくさんあった。なんでこれとそれをごちゃまぜにしてたんだろうって。

こうだった。ああだった。その両方がある。そのシンプルな事実にまず気づいてみると、見るべきものは見て、やるべきこともわかるようになる。
たぶんそれは責任が自分の元にあるから。
だれかの責任を自分が負わないし、自分の責任をだれかに負わせない。すると自分の本来のパワーが戻ってくる。

責任を負う、という言葉はとても重いなって思っていたんだけど、今はそうゆうふうには感じていない。
今は責任という言葉からは力・パワーと同じようなものを感じる。自由には責任がいるというけれど、自分の本来のパワーをつかうって責任がともなうし、そしてとても自由で喜びがあることなんだよね。


つながるセッションのテーマのひとつは力・パワー。
自分のパワーをそのままのまさにパワフルな状態を体感できたら。
それを体験するサポートをしています。


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今、もう一度願いにつながる

今日の朝、願い、望みについてふと思った。

わたしの願いは本物かな?

本物って言葉をつかうとなーんか逆に本物ではなくなる気もするんだけど、本物、偽物という対比の中の本物でなくて、
言葉を変えると、

その願いはありのままか?




ある人が、自分がずっと長い間願ってたことが実は本当の望みじゃなかったことがわかったんだって話してくれたことがあった。長い間望みと思い込んでたものと本当の望み、その両方を詳しく話してくれたんだけど、本当の願いを聞かせてくれた時、聞いてるわたしのハートも反応した。その人の本質がその願いには表れてた。



昔、あるOshoの弟子が、引き寄せの法則を伝えるワークをしたいとOshoに申し出たそう。今は多くの人が知ってるものだけど、もっともっと前の話。するとOshoは、コミューンの中でそれを他の弟子たちに広めることを許さなかったという。

欲しいものを得ることは簡単 。けどマインドの望みがどれほど叶っても、わたしたちは満たされない。それぞれの存在が感じるそれぞれの豊かさがある。

わたしたちが欲しいと望んでるものは、どこからの願いなんだろう。お母さんが欲しかったものを代わりに得てあげたいといつの間にか自分の望みと思い込んだのかもしれない。社会で認められるからという理由かもしれない。いやもしかしたら神さまの顔色をうかがった願いかもしれない、こう願えばこうなればわたしはこの世界で生かせてもらえるかもしれないと。



「わたし」というものが強くくっきりする前に感じてた望みはなんだったんだろうか。親や教師、社会の影響を受けていないときのそのままの存在はなにをしたくてこの世界へ来ようとしてたんだろう。



もう一度、魂の願いにつながりなおす。
ありのままの願い。

今、それをじっくり感じてみたい。



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小さな子がおしえてくれたこと

数日前に小さいころの記憶を思い出した。
母が家出をしたときのこと。
わたしは小学校1年生くらいだった。


夜、父と母がケンカをしだした。よくあること。けど、その時はいつもとちがった。母が荷物をまとめて出て行くと言い出した。
わたしは泣いて一緒に行くと言った。だけど、連れて行ってもらえなかった。そして母は出て行った。


いつも両親がケンカすると上の兄がとめようとして下の兄は何も言わずじっと固まっていた。

母が家出をしたのはその時だけ。
ほんの数日間だったかもしれない。


数日前にこの記憶を思い出した。今までもあった記憶。
でも今回はその記憶が出てきた途端、身体の一部がぎゅーって痛くなって、感情がどっと出てきて泣いた。思い出す度に何度も涙がでた。


めちゃくちゃ怖かったよね。お母さんが自分をおいて出て行ってしまうなんて。

40年以上も前の記憶。それは忘れていた記憶じゃない。母とも話したことがある思い出。でも、その小さな女の子にはどれほどの痛み。ショックだったのか、今までのわたしは知らなかったんだ。

今の自分に影響を与えていなかったはずはない。自分の人との関わり方、今までの親しい人と繰り返してきたパターンがこの記憶によってスルッとつながった。
おしえてくれてありがとう。


いくらでも泣いていいよ。あなたはもうおいてきぼりにはされない。わたしたちはずっと一緒にいる。



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こころが自由な方を

マルガです。

わたしは夢をよくみる。
夢がみせてくれる、暗示、比喩をわたしはすごーく信頼してる。
だからなのか、夢はより鮮明にいろんなことをおしえてくれる。

夢占いとかあるけど、夢の翻訳はその夢をみた本人がするのがいい。



あるひとに言われたとても印象的なことば。
人生に起こることは、翻訳してもいいけど、解釈はしないこと。
解釈するとややこしくなるよ、シンプルがいちばん。

言われたときはつかめなくて、けどめっちゃ大切なことやなとは感じたんだけど、最近わかってきた。


判らないってなんとも気持ち悪いことなんだよね。だからなんとかアレとコレをくっつけて結果を出そう、みようとする。それがあのひとの言ってた解釈なんだろうなと。

判らないことをそのままにしておけるって、成熟度高めでないとなかなか難しい。難しいんだけど、それが自然とできたときって、こころがとっても自由。


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愛って叫んでもいい

昨日、友人が来て、今彼女が学んでることの練習として、セッションを受けた。





わたしは愛の交流をする

このために生きてるんだってことだった。

なんていうのかな、あまりにするっと身体からでてきたもんやから拍子抜けっていうのか、どこかで使い古されたようなかんじもするし、マインドがもっとすごいもん出せよみたいな欲求もあり、その時はまぁねーってかんじで。


で、友人が帰り、

それもまたさらっと、

それ、わたしずっとやってるやん、って。

セッションでも、メール送るときでも、ごはんつくってても。

あ、わたしは生きたいように、魂の願うままに、今いるんだ。

それを知った。

泣けてくる。

でもね、気づいたときは、ずっと解きたくていつもいつも探してた難しいクイズの答えが実はすでに知ってたみたいな拍子抜けしたかんじで。



新しい出会いではないけど、最近離れててすごく久しぶりに会ったような感覚で、でもそれは新たな出会いで。なぜならわたしが前とはちがうから。 わたしたちは何度もそうゆう出会いを体験してる。理解するってそうゆう出会いのようなものだと感じる。円ではなくて螺旋。まだクリアしてなかったか、まだ知らなかったのか、ではなく、深く高く広く理解が起こってるの。






愛って言葉、ずっと使いづらかった、今も。

言うのも書くのも。出そうとすると一瞬ひるむというか迷うというか。おまえなんかがそんなこと言っていいのーー?って声がどこかからきこえて。


いいの。いいんですよ、愛って言っても書いても叫んでも。

もぞもぞしたって、言葉にひるんだとしても。

おまえなんかでも、あんなヤツなんかでも。

だって、本当のことだから。愛なんだから。

出せない言葉ほど、本当はわたしたちは出したい言葉なんじゃない?

怒鳴ってる言葉の奥にある想いみたいに。

その想いの言葉を出していきたい、そしてだれかのその想いの言葉の存在を知ってあげれるといいなっておもう。


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本当に自由になりたいの?


いままで好きになった人たちに共通点があることに気づいたのは、
年末にしたノーマインド瞑想のとき。




彼らは、日本になじめなかった人たち。
日本というのか、社会というのか。



わたしにもおんなじ想いがあった。

昔からいつもどこか外へ行きたかった。
自由になりたかった。



お母さんがいなくなったら外に出よう。

そう思ってた。

母の存在はとても大きかった。

それはわたしを苦しめてたことも多い。




でも、
母がいなくなったら・・・って。


ひどいなー、
お母さんのせいにするなよ。

いつでもどこでも自由になれるのに。

(旧ブログより  2016-02-18記 )



スタジオウーヌス


あなた自身とつながるセッション

森があった

ウーヌスの裏には森があった。


大きな敷地にたくさんの木が茂っていて、毎日毎日、葉っぱの音と鳥がたくさん歌ってた。その敷地の真ん中あたりにお家が建っていたけど、見えない。それほどの木。


都会にこんな場所があるなんて。

来る人たちはみんな驚いて喜んだ。



そして誰よりもわたしたちはこの場所が大好きだった。

いつもこの森から滋養を得ていた。





いま、森はなくなった。

マンション建設中。


ほとんどの木は切られた。

わたしは森がつぶされていくことに、木が切られることに心が痛くてしょっちゅう泣いた。

ありがとう

ごめんなさい

ゆるしてください

あいしています





愚かなことを目の前にすると、もっともっと賢くなりたいっておもう。

わたしの中に眠ってる知恵がまだあるはず。

急がないと、とおもってしまう。





目の前のことに、嘆くだけじゃなくて怒るだけじゃなくて、見ないふり感じてないかのようにふるまうんじゃなく、実際に自分ができることをする。



わたしのしあわせが、だれかの、すべての存在の、世界の、宇宙のしあわせでありますように。

スタジオウーヌス

あなた自身とつながるセッション