親友と彼


学生時代の親友。
学校を卒業して、
別々の仕事をしていても
しょっちゅう会ってた。

生きるってなんだ?いろいろなことを話し、一緒にたくさんのことを体験した。
旅行もよく行った。



わたしたちは旅行先で彼と出会った。
親友と彼はしばらくして付き合うことになった。


ある時、わたしと親友はけんかした。
時々、けんかしてた。
普段はどちらともなくすぐ仲直りしてたのに、
その時はなぜか長引いて、
しばらく連絡をとってなかった。

わたしは仕事の研修で数か月、東京に行くことになった。


そのころ、親友とその彼は関西と関東の遠距離恋愛中。
週末は関東に彼に会いに行ってたのを知ってたので、
わたしは出発前日に親友に久しぶりに連絡をとった。

『しばらく東京にいくことになったよ。
向こうで3人で会えたらいいなと思って。』
『うん、実は彼、こないだ入院して。』


わたしは研修の休みの日にお見舞いに行った。

病室をノックしたら、彼のお母さんが出てきた。
悪いけど今日は会えないから帰ってほしい、と言う。

わたしは驚いて、帰ろうかとも考えたけど、
会いたいってもう一度お願いしてみた。

しばらく待たされた。
心臓がばくばくしてこわかった。もう帰ってしまいたい。


部屋に入れてもらったら、
彼がいてた。
泣いてた。

『来てくれてありがとうね。』

『うん、久しぶり。
なんで泣いてるん?』
理由をわかるような気がしたけど、尋ねた。

彼は、こわいって言ってた。
そして、わたしに会えてうれしいって。

数時間過ごした。
また会おうね、
って言って、病室を出た。

自分はうそをついてしまった。
もう会えないくせに。

彼は見た目には以前とそんなに変わらなかった。
でもわたしの父と重なった。
父が死ぬ前とおんなじだとおもった。

父はある時からだれが見てもわかるぐらい弱っていたけど、
わたしには本当のことは知らされなかった。
そしてあと1週間もつかどうか、という時、兄から聞いた。

わたしはその時から父が亡くなるまでの数日、泣いてばっかりいた。
手を握ってても、足をさすってても、ずっと泣いていた。

父が亡くなった時より、その数日間がその時のわたしには苦しかった。


金曜日の仕事を終えた親友が、
大阪から夕方やってきた。
わたしたちは病院の外で会った。

『どう思う?
おかしいよな?
本当は死ぬんじゃないんかなって思う。
このまましばらくここにいようかなって考えてる』親友は言った。

『大丈夫やって』
不安がってる親友にわたしはそう言った。

わたしは、二人には一緒にいる時間をわたしのように泣きながらとかではなく、
あじわってほしかった。独りよがりな見方だったけれど、わたしはそのときそう思ってその言葉を伝えた。


そしてすぐに彼は亡くなった。
親友は最期には立ち会えなかった。

わたしは後悔した。
なんで本当のことを話さなかったんやろう。

わたしと親友は、
お互いとてもストレートな性格で、
なんでも話した。
正直に素直にわたしたちの時間を過ごしてきたのに、
わたしはとても大事な時に、彼女を裏切った。
そんなふうに思って、苦しかった。


1年ほど経った時、
夢を見た。

彼が出てきた。ニコニコ笑ってる。
わたしは彼に話した。

ごめんね、
わたしが正直に彼女に話してたら、
ふたりは最期の時間を過ごせたのに。

いいんだよ。
そう言って笑って去ろうとした。

ちょっと待って!
彼女を呼んでくるから!
あの子、すごく会いたがってるから!お願い!
彼はそのまま行ってしまった。

わたしは泣きながら目を覚ました。


夢だとわかってるけど、
あまりにクリアだった。


そして、わたしははじめて親友に話した。
あの時のこと、自分が本当はなにを感じていたのか。ごめんなと。

『いいねん。
大阪に帰るのはわたしが決めたことやから。』
親友は言った。

あれから20年経った。
ああ、書きながらいっぱい泣いたよ。

(旧ブログより  2016-02-27 記)



あなたの身体、感情、マインド、魂、全体とつながる
つながるセッション

本当に自由になりたいの?


いままで好きになった人たちに共通点があることに気づいたのは、
年末にしたノーマインド瞑想のとき。




彼らは、日本になじめなかった人たち。
日本というのか、社会というのか。



わたしにもおんなじ想いがあった。

昔からいつもどこか外へ行きたかった。
自由になりたかった。



お母さんがいなくなったら外に出よう。

そう思ってた。

母の存在はとても大きかった。

それはわたしを苦しめてたことも多い。




でも、
母がいなくなったら・・・って。


ひどいなー、
お母さんのせいにするなよ。

いつでもどこでも自由になれるのに。

(旧ブログより  2016-02-18記 )



スタジオウーヌス


あなた自身とつながるセッション

森があった

ウーヌスの裏には森があった。


大きな敷地にたくさんの木が茂っていて、毎日毎日、葉っぱの音と鳥がたくさん歌ってた。その敷地の真ん中あたりにお家が建っていたけど、見えない。それほどの木。


都会にこんな場所があるなんて。

来る人たちはみんな驚いて喜んだ。



そして誰よりもわたしたちはこの場所が大好きだった。

いつもこの森から滋養を得ていた。





いま、森はなくなった。

マンション建設中。


ほとんどの木は切られた。

わたしは森がつぶされていくことに、木が切られることに心が痛くてしょっちゅう泣いた。

ありがとう

ごめんなさい

ゆるしてください

あいしています





愚かなことを目の前にすると、もっともっと賢くなりたいっておもう。

わたしの中に眠ってる知恵がまだあるはず。

急がないと、とおもってしまう。





目の前のことに、嘆くだけじゃなくて怒るだけじゃなくて、見ないふり感じてないかのようにふるまうんじゃなく、実際に自分ができることをする。



わたしのしあわせが、だれかの、すべての存在の、世界の、宇宙のしあわせでありますように。

スタジオウーヌス

あなた自身とつながるセッション

お盆の夢

夢をみた。


わたしは昔の実家にいた。工場を営んでいたから、玄関入るとすぐ左手が事務所。正面は駐車スペースで、父が使っていた配達用の車があった。シルバグレーのバン。

そのバンを見た瞬間、ああ、お父さんが乗ってたやつ、と久しぶりに見て懐かしくてうれしかった。夢の中でも父はもうすでに亡くなっていた。


母の姿は見えないけど、掃除をしている。毎年恒例の年末の大掃除みたいなかんじ。

家の空間が、大掃除の後みたいな清浄なエネルギーになっててとっても気持ちいい。


父のバンの後ろに3台ほど車が駐車してある。古い小さい車。フィアットのマーク。それが2台続いて、その後ろに昔の自転車みたいなの。

いままでの歴代のものが並んでる、そんな印象を受けた。


外へ出ると、近所の家々も掃除をしてる。町中がそうゆう季節、掃除をする時期というかんじ。

たくさんのゴミが出されてて、ごみ収集がくるのを待ってる。



わたしは家を出て、駅へ向かう。

ホームで電車を待ってるけど、本当にこのホームで電車を待ってて来るんやろうかときょろきょろしてたら、隣のホームに電車が停まってる。その電車は普通電車。

わたしが待っているのは、特急電車専用のホームだった。だったらわたしはここで間違いない、特急電車に乗るから。




そして目が覚めて、その夢のメッセージを感じたら、そうかお盆やもんなぁと納得。


7月末あたりから咳が出てとまらなかった。約2週間ほど。夜も眠れない日が続いた。セッション中だけはなぜか咳が止まって有り難かった。

久しぶりに病院に行った。本当に普段行かないんだけど、それぐらい身体が辛かったから。漢方専門の内科。おもしろい先生。漢方を飲んで、普段摂っているあれこれについてアドバイスしてもらう。

先生のそのアドバイスはわたしに合ってたようで、身体にいろんな変化が起こってる。わたしにとっては摂りすぎるとよくないものがわかってよかった。


先生曰く、

日常よ!日常。それがだいじ。

ですよね~、先生。

スタジオウーヌス Studio UNUS

つながるセッション