ひとつぶ、えいっっと。

数日間、忙しかったから、ひとりになりたかった。

温泉に入って、
くんくん新緑の匂い嗅ぎながら散歩して、
お茶して、本読んで、
おいしんもん食べて。

ああ、いいかんじ。

わたしはいまこうして文章を書いてる。

みんな、いろんな才能をもってる。
そして苦手だと感じてることもそれぞれに。

表現することは、
わたしにはすごく苦手なことだった。

知ってほしいのに目立つのがこわい。

文章を書いたり、
自分を表現することを
嫌がっていたのは、
そんな複雑な思いがある。

だから、
わたしの表現の中に
何気なく見えるかもしれないその一行は、
えいっと勇気をもって書いたものです。

ものすごく小さい、
勇気とも気づかれないその一粒。

毎回、毎瞬、
その一粒を入れてみる。
えいっと、勇気と愛を込めて。

わたしのため、
だれかのため、
いろんな想いがあるけど、

「わたしがいまできることをやる」

それが、
わたしが今できること。

当然のことだけど、
もっとこうなってからとか、
いまはまだまだという声が聞こえても、
いまのまま出してみる。

「わたしの持ってるものつかう」

いろんな事・もの、経験が
わたしの血となり肉となり
知恵と感性として残っているのだから。

自分がどんな人間で、
どんな才能を持っているのか、
何ができるのか、
どんな可能性をもっているのか、

それを知ることってすごくおもしろい。

でも、
いつまでも検索続けてるより、
いまあるもので探検に出かけてみたら、
体験の方が自分を見せてくれて育ててくれるってこと知った。

学ぶのも楽しい、
知らないことだらけ。
知恵も大切だけど知識も必要。

でも外側の権威者に学んでばかりいると、
自分の尊厳を忘れてしまう。

わたしは、
いまの自分が充分だ、
なんて正直思えてない。

ありのままのわたしがいいって?
うーーん、
まぁ徐々に。

えいっっって、
一粒だしていくことで、
わたしは以前より
自分を大切に感じてるし、
世界を信頼してる。

( 2016-05-18 記)

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インドでのこと

oshoメディテーションリゾート。

リゾートへ入るためには登録手続きをして、
パスを発行してもらう。

これは登録のときに、
エントリーステッカーを買うために受け取った紙。

シリアルナンバー1122。
わたしのサニヤスバースデイ。
わぁ、歓迎されてる!
そんなふうに感じて嬉しかった。

滞在は2週間と少し。
わたしとしては、もっと長く滞在したかったという思いもあって、
少し焦ってた。

早くここの生活に慣れたい。
すごく来たかったところに来たんだから、
めいっぱい楽しまないと。

そんなふうに思って、頑張ってたのだ。
無意識にね。

で、2.3日経って、

瞑想とクラクションとマンゴーの甘さのおかげで、
大きな期待をもっていることに気づき、
自分の欲張りに疲れ、
少しづつ体の緊張が抜けていった。

そんなに頑張らんでも、
また来たらええやん。
そんな会話を自分とした。

そうやって、体の緊張がとれていったら、
したい瞑想も変わっていった。

そんな中でも毎日参加していたのが
朝のサイレントシッティング。

これはチャンツーというところで行われる。
サマディと呼ぶ人もいて、
Oshoの遺灰があるお部屋。

入り口からたくさんの本がある書庫のようなところを通る。

Oshoが読んだたくさんの本。
古い本のものなのか、独特の匂い。
嫌いじゃない。
毎日その匂いをしっかり嗅いでた。

その匂い、
今も思い出すとなぜかどきどきする。

そしてそこを抜けるとサマディに入れる。

わたしたちが滞在していたのは、
シーズンオフで、人も少なかった。

1時間すわるんだけど、
途中から陽がさす場所にたまたま座り、
気に入ってよくそこに座った。

サイレントシッティングに参加してはじめの数日、
実は眠ってばっかりいた。
もう部屋に入った瞬間から、
やばい、なんかとろとろする・・みたいなかんじ。
鐘が鳴ったと同時に眠ってたかも。

それでもチャンツーにいたかったのね。

わたしがプーナ行きに関してもってた大きな期待。

多分、でっかいお土産を持って帰ってきたかったんだと思う。
わたしの内側で大きな出来事が起こることを期待していたってこと。

ぷぷ、たった2週間でなにか起こるわけない、
なんて思うかな。

でも時間はたぶん関係ない。

そりゃ期待するさ。
いろんなもの思い描くよね。
行きたかったとこだから。

でっかいお土産や大きな出来事は、
どうだったか今はまだわからない。
経過観察中。

( 2016-05-12 記)


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プールでのこと

インドのプーナのoshoリゾートでは、

ほぼ毎日プールにはいった。

オリンピックができるような美しいプールを作りなさい

Oshoのその言葉でできたプール。

ものすごくものすごく美しいの。

周りの樹々や鳥、花、ひとびと、

それらもこのプールをより美しくしている。

そして、瞑想がプールにまでしみこんでるかのように、

ほんとに美しいのです。

水もね、普通のプールとは全く違う。

ひつこいけどね、

ものすごくものすごく、

気持ちいい。

特別なプール。

ただ浮いてるだけ、

そんな時間もたくさん過ごした。

太陽がまぶしくて

黄色いお花が散ってて

水の中の静寂

だれかが話してる声

水に浮かんで、

水の中にもぐって

たまらなく大好きな時間だった。

アクアフローティングのセッションもした。

最初はギリと、遊ぶようにセッションしあって

プールでの時間を楽しんでた。

わたしがギリにセッションしてるのを見てたロシア人の女性が、

できれば受けたいのだけど・・

と話しかけられて、

そして彼女とそのボーイフレンドがアクアフローティング初体験。

アメージング。

終わったあと、しばらくは言葉をなくしていたけど、

そう言ってた。

あぁ、あのプールにはいりたい。

いまも書きながら、気持ちよさを思い出す。

あのプールがわたしに染み込んでるんだなぁって感じる。

プールのエッセンスなのか、

プールで起こったことの何か、

なのかもしれないけど。


(2016-05-12 記)



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内側の火

愛されたことがある人は強いとおもう。

愛してくれた人は肉親じゃないかもしれない。

友人、先生、知り合い、伴侶、大きな存在

血のつながりも、その時間が長い短いも関係ない。

愛された、大切にしてもらった、

それを知ってる人は、

自分のいのちを生きてる。

どんな状況であっても、その経験を知ってるのはわたしたち自身。

愛されたのか、愛されなかったのか。

どこを見るのか。

愛されなかったって、本当?

愛されなかった、愛が足りなかったって言ってる人は、被害者になりたがる。

自分の権威、尊厳を手放す。

自分には力がないのでどうしようもないと思ってる。

すべて、だれかの、なにかの、影響を受ける。

だから、まだ自分のいのちを生きない。

愛されたって思いこむ、っていうのとちがうの。

愛されたことは身体で神経でどこかでちゃんと記憶されてる。

その経験は、わたしたちの中にある。

そこにつながる、思い出すだけ。

それは、

あたたかいやわらかい灯かもしれない、

ぼーぼー燃え盛る炎かもしれない、

人生のいろんな場面で、その灯り、炎、を思い出せないってとき、

そんなときもあるよな。

そして

思い出したら、

その火を内側に感じて自分のいのちを生きる。

愛の目印。

ここですよー、って。

その火は、情熱、エネルギー。

自分で立って歩いて、

そして、誰かと出会って、何かと出合って、

愛がいろんなかたちで起こる

そして、そこからなにかが生まれる。

わたしは知らない、愛ってなんなのか。

けど、体験してる。

(2016.03.08 記)

享受する

今日はOSHOのエンライトメントデイ。
神秘家OSHOが悟りを開いた日。OSHO21歳のとき。

お祝いと感謝をこめて、朝、ナーダブラーマ瞑想をした。



ナーダブラーマはチベットの寺院で早朝に行われていた瞑想のひとつだとか。

早朝、まだ暗い静かなそのとき、僧侶たちのハミングが寺院から聞こえてくる、

そんな光景を思い浮かべるだけで、美しくてうっとりする。






最近この瞑想法がとても好き。

最初の30分、ハミングをする。

そのハミングがわたしの中でひろがっていく。

トーンによってバイブレーションがいろんなところで起こる。

いつのまにか隅々まで拡がってる。

ほかの人と一緒にすると、共鳴がおこる。

またそれも気持ちいい。

次の7分半、

手のひらを上にむけ、

おへそあたりから前に向かって両手をそれぞれ外に向かって円を描くように

手が動くのにまかせる。

わたしのエネルギーを宇宙へと与える。

次の7分半、

手のひらを下に向け、

おへそから逆方向に動くにまかせる。

エネルギーを受け取る。

最後の15分、

静かに坐るか、横になる。




与える、というとき、わたしにはいつも緊張があった。

わたしは与えるもの、持ってるのかな。

わたしのもの、だれか受け取ってくれる人がいるんだろうか。

これ、満足してもらえるのかな。

与えてしまったら、わたしのものが無くなってしまう。

そんなあれこれ。



前回したナーダブラーマでのこと。

ハミングが終わり、第2ステージでの与えるとき、

わたしはおへその前に手を上に向けて、しばらくそのままでいた。




そうしたら腹の奥の方から、

ぐーっと、静かだけど、ものすごく力強い、

喜びのようなものが、押し寄せてきた。


それはこみ上げてきて、

涙がこぼれた。



与えることへのものすごく大きな喜び、歓喜があって、

与えるも受けとるもない、同時に起こってる。

与えることも受けとることもおなじ。巡ってる。




そして手が動き出し、与えていくことで、

世界がどんどん明るくなっていった。

光がひろがっていった。すごく美しかった。




受けとるステージのとき

わたしたちがすでに受けとっている生命、

それぞれの個性、才能、すべてを、ただ楽しむこと。

享受。

だれかのものを羨ましがらなくてもいいし、

自分が受けとりすぎだと心配する必要なんてない。


そんなことを感じた。



わたしの中に与える喜びがあった。

それは喜びという言葉だけでは表現しきれないもので、

思い出すと、涙がでてくるぐらい美しいもの。


以前からあるけど、それはとてもニューな出合いでした。






享受とは、

受け入れて自分のものとなること

受け入れて、味わい楽しむこと



(旧ブログより 2016.3.21)

HUGのちから


この春のデトックスで寝込んでる間、いろんなこと思い出してた。


触れ合うということ。

それはハートのふれあいだったり、

体をタッチするということもふくめて。



わたしが短大に入学する直前の春休み期間に父が入院した。


わたしはそのとき、日本料理屋さんでアルバイトをしていた。

着物を着れるというのが、そこを決めた理由。

最初は教えてもらいながら、

しばらくすると、自分ひとりで着れるようになった。


40代50代くらいの人たちがたくさん働いてた。

学生バイトたちは、そのお姉さま方にもまれて働いてた、笑



そこには女将さんの役割の人が2人いた。

一人は、ご主人と娘さんがいて、のんびりどっしりした人。


もう一人は、元宝塚の男役。

見た目も華やかで身のこなしも宝塚そのもの。

その人は、舞台に立っているみたいに働いてた。

その人のプロフェッショナルな働き方とか、

堂々としたものに、わたしは圧倒されてた。

真っ赤な口紅が超似合ってて、かっこよかったな。

仕事って、自分の取り組み方でまったく違うものになるんだよ、

説教みたいなことは言う人じゃなかったから、

わたしはそのひとからそんな表現を感じ取っていた。


働き出してすぐに、父の具合がどんどん悪くなりだした。

わたしはそれに気づかないふりして、

バイトを続けてた。



あるとき、家にいた。ずっと付き添ってる母も珍しく家にいた。

洗濯物を干そうとしていた母が突然、言葉にならない声を叫びながら、その洗濯物がたくさん入ってるカゴを、わたしに投げつけた。

お母さんは不安と疲れでいっぱいいっぱいなんや。

わたしはバイトを休むことにした。



バイト先の人たちは深刻さもないわけだから、

休まれたら困るんだけど・・ってなった。

すると、その元宝塚のHさんがすぐに、

大丈夫だよ、落ち着くまで休んだらいい、

と言って上の人たちにも話をしてくれ、わたしは休めることになった。




そこからしばらくして父が死んだ。

いろんなことがバタバタと過ぎた。



学校にもそろそろ行かなくちゃいけない。

でもだれにも会いたくない。どんな顔して行ったらいいのか。



わたしは学校へ行くふりをして、

毎日いろんなところで時間をつぶした。



けどいつまでもこうしてるわけにいかない、

わたしは学校とアルバイトへもどることにした。




久しぶりに行くバイト。

お願いやから、お父さんのことは言ってこんといて。

そんなふうに思って身を固くしていた。

みんなが、大変だったね、と声をかけてくる。

受け答えしたくない。わたしはさらっと受け流した。



Hさんがあらわれた。

休ませてもらってたこと、なんか言わなくちゃ。

わたしはなんと言っていいのかわからなかったけれど、

なにか言葉をだそうとしていた。


近づいてきたHさんは、

ぎゅーっていきなりわたしを抱きしめた。

力強くおもいっきりまるごと。なんにも言わずにただ抱きしめてくれた。




わたしは我慢できなくて、

わんわん泣いた。



入院が決まってから父が死ぬまで、そして葬儀やさまざまなこと、

ずっとたくさんだれにも言えずに我慢してたいろんなこと、

傷ついてることをだれにも知られたくないという思い。



そんな緊張が、そのハグで溶けだしたんだろう。



ハグする

だれかに抱きしめられる

だれかを抱きしめる

そっと肩にふれる

自分を抱きしめる


触れるってダイレクトなことだから、自分がそのまんま出てしまう。


怖れもでてくるかもしれない。

それでも、

それらを超えてしまうほどの触れ合うことのすごさ。



(旧ブログより  2016-03-23 記)





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好き、嫌い


わたしは嫌われてる。

わたしは嫌われる。

こうやって書くと、

被害妄想のようだけど、

長い間、人間関係の中でそんな思いをよくもってた。



だから、

嫌われてるかもしれない・・と

少しでもわたしの何かがキャッチすると、

警報装置がピコピコして、

もう大変。



位置につけ!と

全身全力で戦闘態勢に入る。



その警報装置は、

こわれてるんちゃう?ってぐらい、

頻繁に鳴る。



だからいつも関係をもつのがむずかしかった。



ある人との関係の中のある出来事がきっかけで、

わたしの警報装置がビービー鳴った。



いろいろあって、

その人とは疎遠になった。



その出合いはとても印象的なはじまりで、

実際に会う前のやり取りからわたしはその人に惚れた。


とてもあたたかくて、人間味を感じた。

その人の本質、慈悲、それを感じた。

だから実際に会ったときは本当に嬉しかった。

会っても、それらは変わらなかった。



で、やっぱり今回初めて会った気がしなかった。

昔に会ったことがある人。

とてもご縁のある人。なつかしい再会。

それは彼女も同じことを感じていたみたい。



そして、わたしたちは疎遠になった。

わたしはそのとき、いろんな感情をもち、

怒り、憎しみ、悲しみ、落胆

しばらくはそんな感情が、

順番にだったり、一度にくっちゃくちゃに起こった。




感情が大暴れする中、すっごく大事なことを思い出した。

わたしは彼女が好きだってこと。

大好きだったから、離れたことが辛かった。自分が嫌われたようにかんじて悲しかったよな。


それまでのわたしなら、

嫌われたら、わたしも嫌い。

そんな考えだった。



でも変わった。

相手がわたしをどんなふうにおもっててもいいか。

だって、わたしは好きやもんな。



ほんとのことを認めたら、身体の力が抜けた。



この体験は、わたしの大きな気づきになった。

ブレイクスルー!



好きなものは好き。

それでいいのだ。だってそうなんだもん。



( 旧ブログより 2016-03-24記 )



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親友と彼


学生時代の親友。
学校を卒業して、
別々の仕事をしていても
しょっちゅう会ってた。

生きるってなんだ?いろいろなことを話し、一緒にたくさんのことを体験した。
旅行もよく行った。



わたしたちは旅行先で彼と出会った。
親友と彼はしばらくして付き合うことになった。


ある時、わたしと親友はけんかした。
時々、けんかしてた。
普段はどちらともなくすぐ仲直りしてたのに、
その時はなぜか長引いて、
しばらく連絡をとってなかった。

わたしは仕事の研修で数か月、東京に行くことになった。


そのころ、親友とその彼は関西と関東の遠距離恋愛中。
週末は関東に彼に会いに行ってたのを知ってたので、
わたしは出発前日に親友に久しぶりに連絡をとった。

『しばらく東京にいくことになったよ。
向こうで3人で会えたらいいなと思って。』
『うん、実は彼、こないだ入院して。』


わたしは研修の休みの日にお見舞いに行った。

病室をノックしたら、彼のお母さんが出てきた。
悪いけど今日は会えないから帰ってほしい、と言う。

わたしは驚いて、帰ろうかとも考えたけど、
会いたいってもう一度お願いしてみた。

しばらく待たされた。
心臓がばくばくしてこわかった。もう帰ってしまいたい。


部屋に入れてもらったら、
彼がいてた。
泣いてた。

『来てくれてありがとうね。』

『うん、久しぶり。
なんで泣いてるん?』
理由をわかるような気がしたけど、尋ねた。

彼は、こわいって言ってた。
そして、わたしに会えてうれしいって。

数時間過ごした。
また会おうね、
って言って、病室を出た。

自分はうそをついてしまった。
もう会えないくせに。

彼は見た目には以前とそんなに変わらなかった。
でもわたしの父と重なった。
父が死ぬ前とおんなじだとおもった。

父はある時からだれが見てもわかるぐらい弱っていたけど、
わたしには本当のことは知らされなかった。
そしてあと1週間もつかどうか、という時、兄から聞いた。

わたしはその時から父が亡くなるまでの数日、泣いてばっかりいた。
手を握ってても、足をさすってても、ずっと泣いていた。

父が亡くなった時より、その数日間がその時のわたしには苦しかった。


金曜日の仕事を終えた親友が、
大阪から夕方やってきた。
わたしたちは病院の外で会った。

『どう思う?
おかしいよな?
本当は死ぬんじゃないんかなって思う。
このまましばらくここにいようかなって考えてる』親友は言った。

『大丈夫やって』
不安がってる親友にわたしはそう言った。

わたしは、二人には一緒にいる時間をわたしのように泣きながらとかではなく、
あじわってほしかった。独りよがりな見方だったけれど、わたしはそのときそう思ってその言葉を伝えた。


そしてすぐに彼は亡くなった。
親友は最期には立ち会えなかった。

わたしは後悔した。
なんで本当のことを話さなかったんやろう。

わたしと親友は、
お互いとてもストレートな性格で、
なんでも話した。
正直に素直にわたしたちの時間を過ごしてきたのに、
わたしはとても大事な時に、彼女を裏切った。
そんなふうに思って、苦しかった。


1年ほど経った時、
夢を見た。

彼が出てきた。ニコニコ笑ってる。
わたしは彼に話した。

ごめんね、
わたしが正直に彼女に話してたら、
ふたりは最期の時間を過ごせたのに。

いいんだよ。
そう言って笑って去ろうとした。

ちょっと待って!
彼女を呼んでくるから!
あの子、すごく会いたがってるから!お願い!
彼はそのまま行ってしまった。

わたしは泣きながら目を覚ました。


夢だとわかってるけど、
あまりにクリアだった。


そして、わたしははじめて親友に話した。
あの時のこと、自分が本当はなにを感じていたのか。ごめんなと。

『いいねん。
大阪に帰るのはわたしが決めたことやから。』
親友は言った。

あれから20年経った。
ああ、書きながらいっぱい泣いたよ。

(旧ブログより  2016-02-27 記)



あなたの身体、感情、マインド、魂、全体とつながる
つながるセッション