リアルとリスクとアライブ 表現アートワークショップ

いいことが起こるとうれしいけどなんだか落ち着かない
つぎによくないことが起こるんじゃないか
いいことばかりは続かない
そんな考えがやってくる時がある。

なんでこんな考えがやってくるのかな
いつから、どこから、こんな考えをもつようになったんだろう

過去の生、宗教的な教え、小さな頃によく接していた大人の口ぐせ、集合的な無意識のしあわせへの怖れ・・
どれかひとつというより、すべてが混ざって。


そんなこと感じてはいけない
ネガティブなことを感じた瞬間に自分を否定する
首をぶんぶん振って自分に無理に言い聞かせる、そんなこと感じてない!


しあわせという感覚、それは今に気づけば簡単で、
もう一方、自分がしあわせでいることをゆるすのはなんでこんなに難しくなったんだろうともおもう。


あるときの瞑想後に聞こえてきた言葉。

自分だけがしあわせになってはいけない

母、祖母、女性たち。女性側から聴こえた気がした。



あなたが先にしあわせにならなくて、どうやってあなたの周りのひとたちがなれるの そんな言葉を言いたくなるのもわかる。 そしてそういう時に聞くそれはうっとおしい。


自分の中にゆるしてないものがあると、それを感じたときに抵抗する。
自分の中から聴こえても、目の前のひとが言っていたとしても。
反応して、嫌悪感を感じるか、ジャッジするか、聞こえなかったことにするとか。


すべてゆるしていたら、
なにを感じてもいいなら、
反応してもいいし、嫌悪感もジャッジメントも感じていい、
起こることをそのままにしているとき、抵抗もふくめ受容している。


受容

よく使われる言葉だけど、ほんとに大きなことだよね。人生が変わる。
簡単にできるよとはわたしは言えない。


いま感じている、いまここで起こっていること、
それを表現するのはリスク(危険)がある。

誤解されるかもしれない。嫌われるかもしれない。
こわい。
だけど、表れたがってるものがある。
いまここで起こってる自分にとっての本当のこと、リアル。
わたしは生きてるんだ。
わたしはここにいる。
わたしたちはみな表現者。



12/19開催 表現アートワークショップーーー生きること自己表現

ー色、描くこと、身体の感覚、感情、香り、他者の表現に触れることーで自分の表現をゆるしていきます。
ほんとはやりたいこと、ほんとは感じていること、マンネリから抜けたい、
それらにこの表現アートワークショップはなんらかのサポートができるでしょう。

あとひとり参加できます。


12月19日土曜日 14:00~18:00頃(開場13:50)
場所 スタジオウーヌス・名古屋市瑞穂区(変更になる可能性があります)
参加費 8.000円
※少人数でのグループです


予約・問い合わせ  こちらより(スタジオウーヌス問い合わせフォーム)


マルガの提供しているセッション
サイキックマッサージセッションについて

いつも、毎回、初めて。 表現アートワークショップ

!!ウーヌス宛に問い合わせをしたけれど返信がこない、という方いましたら、
ご面倒ですが、再度こちらまでご連絡をいただけますか。
info@banyantree8.com
(問い合わせフォームがウーヌスへ届いていないようです。いまサーバー会社へ問い合わせ中です)

12/19のワークショップ、あとおひとり参加していただけます。
今週土曜日です。

生きることー自己表現 表現アートワークショップ https://margaprem.com/20201208

表現が大好きな方、大の苦手な方、是非お越しください。



わたしは表現というものにすごく憧れていました。
同時にむちゃくちゃ怖いものでした。いまも怖いと感じることはよくあります。


怖いから、できない、下手くそ、ってことはないですよね。


アクアフローティングの時にもよくあることだけど、水が怖いと感じるからといってアクアフローティングでの体験が難しいということは全くありません。
水が大好きだからプロセスが起こるということもないです。

水が怖いからプロセスを繊細に感じれるということはよくあるし、水が大好きというひとがアクアフローティングの中で水への怖さを感じることもあります。



苦手と感じるものには、そこになにかが潜んでいることは多いとおもう。それはたいていの場合、ギフトになりえる。
苦手シールが貼ってあるところは開いてみるとおもしろい。

そうゆう経験ありませんか?




いつも感じることなんですけど、
体験ってね、したことがあるから体験したってことは無いんです。

したことがあってもしてないひとは多い。おかしな表現ですけどほんとにそうだから。

前に経験したことがあるから・・ああそれ知ってる・・にだまされないように。

すぐカテゴライズしたり、なにかと関連づけたり、マインドはそうゆうことをしてこようとするけれども。その場で結論付けなくていいし、良いストーリーに仕立てなくてもいい。


いつも、毎回でも、わたしたちは初めて体験する。



12月19日土曜日 14:00~18:00頃(開場13:50)
場所 スタジオウーヌス・名古屋市瑞穂区(変更になる可能性があります)
参加費 8.000円
※少人数でのグループです

予約・問い合わせ 
info@banyantree8.com
上記のメールへお名前、電話番号、ワークショップ参加希望と記入をお願いします。

他のマルガの提供しているもの
サイキックマッサージセッションについて

表現って、遊び 表現アートワークショップ

あなたにとって、表現ってどんなことですか?

12月19日 表現アートワークショップ
表現を通して自分と他者とつながる
https://margaprem.com/20201208


家族に友人へ向けるまなざし、言葉
自分のためにつくるごはん
仕事
習い事でしているダンス
自分の想いをつづるブログ


ほんとはあのとき言いたかった
ほんとはあのとき背中をさすってあげたかったんだ
ほんとはあのとき甘えさせてほしかった
洋服の汚れなんて気にせずメイクが落ちようが
他人の目やお偉いひとの評価もほっといて
ほんとのYES、ほんとのNO


もしあなたが、いまの毎日のなかでなにかしらの息苦しさを感じているなら、このグループはあなたがあなたのハートにしたがって生きることを勇気づけ、力づけてくれるでしょう。


表現アートと聞くと、心理分析のようなものを思い浮かべるひともいるのですが、そのようなことは一切しません。

ファシリテーターが、表現したものにジャッジすることはありません。
採点する先生はいない。

この場では、自分の表現が起こることだけに集中してみましょう。
繊細に感じてみましょう。
プロセスを信頼してみよう。
そしてそれを仲間とシェアします。

たったそれだけ?
そう、たったそれだけで、さまざまなことを発見するでしょう。


表現って遊びだよ
それが創造性ってよばれてるもの
それを思い出していく


小さかったわたしたちのいた世界、いまのこの世界にも、 大人になったわたしたちの中にいるこども、まだ年齢としても大きくなっていない子どもたちにも、自由に生きることー自由な表現ーをゆるさない人たちが多くいます。
そのひとりは自分自身。

自分がゆるされたことがないから、ゆるし方がわからないのかもしれない。

もし自分が自由に生きたいなら、子どもたちに自由を渡したいなら、
練習すればいい。

無理に自己開示しろってことじゃない。
表現しても大丈夫な安全な場所。それがこのワークショップ。


おとなこども関係なく、素直な自由な表現が起こる世界、
それはみんながぎゃーぎゃー騒がしい世界ではない。
調和のある世界。

調和というのは自分でないだれかに外側に合わせようとするときに崩れるの。
だから自分を知っていくのが大切なんだ。



このグループでは、感覚、感情、マインド、色、身体の動きなど、 自分自身とつながって表現が起こるのをゆるしていきます。
クリエイティブコネクションという表現アートのツールをおもにつかっていきます。


あなたの才能・美しさを一番に知っているのが、あなた自身でいてください。


12月19日土曜日 14:00~18:00頃(開場13:50)
場所 スタジオウーヌス・名古屋市瑞穂区(変更になる可能性があります)
参加費 8.000円
身体を締めつけない汚れても大丈夫な服装で参加ください。
こちらで着替えもできます。
※少人数でのグループです

予約・問い合わせ  こちらより(スタジオウーヌス問い合わせフォーム)


・関連記事 生きることー自己表現 表現アートワークショップ https://margaprem.com/20201208

・セッションメニュー サイキックマッサージ

生きることー自己表現 表現アートワークショップ

もっと自分を自由に表現したい
自分を出して生きたい
自分の才能を見つけたい
直感に導かれて生きたい

そう感じてるひとに。

12月19日 表現アートワークショップ
表現を通して自分と他者とつながる


ほんとはやってみたいことがある。
絵を描いてみたい
感じたことを素直に話したい文章にしたい
好き勝手に踊りたい
あのひとと仲良くしたい
ほんとは怒ってるんだよ
だれかの顔色うかがうのもうイヤ
一生懸命生きたい
もっと遊びたい
創造性を発揮したい
毎日を豊かに暮らしたい

このほんとはやってみたいことは、 マインドではないところからわいています。 それはハート、ビーイング、魂からの呼びかけ。


じゃあ、なぜ、それをやらないのでしょうか?


わたしたちは家庭で学校で、感じるままを表現することをほとんどゆるされてきませんでした。
あなたの踊りは変だよ、歌が下手だから歌わないほうがいい、絵はこうやって描くものだ、怒るなんてバカバカしい、泣くのは恥ずかしい、大声で笑うのはやめなさい。こうでなきゃああでなきゃ。

批判やジャッジメント、失敗などさまざまな理由で、いつの間にか表現は危険なものとなりました。黙っていたほうが生き延びれると。


でも、もうわたしたちは自分のパターン、思い込みに気づき、 新しい方法で人生をすすめることができます。


このグループでは、アタマで考えるのではなく、表現アートというツールで本来の自分とつながっていきます。 自分でないものに気づいていきます。色、描くこと、身体、感覚をつかって。


自分が自分自身の一番の親友に。


表現というのはアートの世界だけのものではなく、
アーティストだけが表現の世界に生きてるわけではない。


わたしたち全員が表現者。
わたしたちは毎日、自分のいのちを生きることー表現ーしています。

創造性はみんなの中にあります。

自分にあるもの全部つかって生きたくない?


感じることをゆるし、感じたことをそのまま表す。


正解を求めてだれかの意見ばかり聞くことに飽きた
内からわく感覚にしたがって自分の人生を生きたい
毎日楽しく生きたい
自分の創造性を開きたい
五感ふくめ直感、自分の感覚をもっと繊細に感じれるようになりたい
ひととのコミュニケーションを楽しみたい
自分の才能をつかって仕事をしたい

そんな想いがあるなら。
感じること、感情を受け容れよう。


表現アートのクリエイティブコネクションというツールをつかい、
ただそのままの表現をゆるすことで、
素直な感情を感じること、
頭での理解ではないリリースが起こる可能性、
自分が感じてることを微細に感じ取れるようになること、
感情や言葉にできないなにかが昇華されること、
表現アートのもつチカラで自分自身を体験していきます。  

今回のこのグループでは、色と紙をつかい、身体の動き、感情、感覚、言葉をもちいて、自分自身と、生命エネルギーを止めているものに気づいたり、本質とつながります。




12月19日土曜日 14:00~18:00頃(開場13:50)
場所 スタジオウーヌス・名古屋市瑞穂区(変更になる可能性があります)
参加費 8.000円
※少人数でのグループです
予約・問い合わせ 
こちらより(スタジオウーヌス問い合わせフォーム)


12/11 サイキックマッサージセッション@東京

サイキックマッサージセッションについて

12/11 サイキックマッサージ@東京

サイキックマッサージってどうゆうもの?
それは、自分自身のビーイングから自分へのアイラブユーを受けとるスペースだとわたしは感じてる。


このセッションは自分の美しさに気づきをもたらす。
それはすでに知っていたもの、いままで嫌っていたもの、未知のものとの再会、出会い。

その美しさはあなたが考えているものとはちがうかもしれない。
あなたがマインドで考え、理想とし、無意識に自分だと思ってるもののことは今ここでは横に置いておいて。


もしそこからの自分を望んでいるなら、諦めた方がいい。

諦めるーあきらめるってね、ネガティブにとらえるかもしれないけど、全然そんなことない。
明らめるのだから。
とっても晴れやかですがすがしい。
どこかが痛みを感じるだろう。それは自然なこと。
けれどそれも受け容れてみたとき、自分にエナジーがもどってくる。
それは本来のあなた。それがどれだけ世界を美しくするか思い出して。

自分じゃないものをつかんでいたそのエネルギー。
そのつかんでいたものを手放すことは自分以外とのバイバイ。
母から父から社会からの刷り込みとの分離。それらと自分との間にやっとスペースができる。
内なる女性性・男性性との本当のつながりがはじまる。

自分以外の存在になることは諦めて、
自分でしか生きることはできないと諦めよう。

諦めたひとは美しい。無駄な力が抜けていて、優しい。痛みをそのままに感じることができるひと。


サイキックマッサージのセッションは気づきをもたらします。それは瞑想の中で起こるから。ネガティブともポジティブとも関わりがないスペース。

いまこの時期だからこそ、触れあうことの大切さ重要さ必要性を思い出しています。


サイキックマッサージについて


12/11
サイキックマッサージセッション

③13:30~
④15:30~
セッション場所の詳細は予約の方にお伝えします。
安全で清潔な場所を用意しています。

セッション料金:15.000円

予約、問い合わせはスタジオウーヌスまで
お名前、連絡先電話番号、希望時間をおしらせください。
TEL:052-833-1623
mail:info@banyantree8.com
もしくは問い合わせフォーム

サイキックマッサージ セッションメニュー

☆セッションメニュー

サイキックマッサージは全く新しいマッサージです。

クライエントのコリや歪み痛みを取り除くことや、悪いところを良くするという今までの多くのマッサージとは異なるものです。

サイキックマッサージでは、わたしたち一人ひとりがもつ本質・可能性・光に目を向け、触れます。
そして触れることで伝えます。
「この美しさがあなたです」と。

わたしたちが本質で生きるためのサポートとなるセッションです。


わたしたちの多くは悪いところを変えなければいけないと、小さな頃からそう教えられ思い込んできました。 また一方で、ありのままのわたしという考えがいろいろな解釈で使われています。


サイキックマッサージは瞑想のスペースで行われます。
それはネガティブでもポジティブでもないニュートラルな場。



創始者であるサガプリヤがエサレン研究所にいたときサイキックマッサージがうまれました。50年前のことです。その後彼女はマスターであるoshoと出会い、このワークの中心となる瞑想の質がもたらされサイキックマッサージは完成しました。



このワークで大切にされていることのひとつに共鳴(レゾナンス)があります。
例えば、コンサートで感動したとき、だれかと共に瞑想したとき、
だれかの一生懸命な姿を目にしたとき、絵も歌もいのちも、奥底からの表現はひとに影響を与えます。

そこにいる人たちが共鳴します。なにかが内側で起こります。
それは本質の部分です。


このセッションでも、瞑想の場でギバー(施術者)がクライアントの光・本質に触れることで共鳴がおこると、クライアントはもちろんギバーも、両者のいのちの歓びが起こります。



このセッションの多くの時間は、
あなたの光・本質へ、
受け容れている部分へ、
あるいは光がうまれつつあるところへ、フォーカスしていきます。


ギバーはマッサージであなたの本質に触れていきます。そこは生の力がみなぎっています。


触れられることでなにかが動いたり、静かになったりすることでしょう。
なんらかの感情がわくかもしれないし、
力みや緊張に気づき、それが離れていくのを感じることもあるでしょう。



こうして瞑想のスペースで触れられることを通して、 寛ぎ、静けさ、信頼、本質とのつながりを強く感じ、それぞれの質である情熱や繊細さ、そして内側からの愛の呼びかけに気づくかもしれません。

そのどれもあなたの本質です。
それはリソース(資源)。内なる力です。



わたしたちを知るためにサイキックマッサージでは、 これらを大切にしています。
内なる関係性、女性性と男性性
肉体のエネルギーセンターチャクラ
本質(エッセンス)、リソース(資源)、
在るがまま、受容、信頼、YES



おおまかなセッションの流れ
・最初にいくつかの質問をします。そしてお話を聞きます。
・次にマッサージをどのようにすすめるかを決めるために、両脚とチャクラのリーディングをします。
左脚が女性性、右脚が男性性の質があらわれています。
・マッサージをします。手技や順番などの決まりはなく、触れる場所触れない場所もすべて、リーディングで感じたこと実際に触れて感じたことで、マッサージはすすんでいきます。
・シェア。マッサージ中にお伝えすることもありますが、マッサージが終わった後にお話しすることもあります。

すべてで約90分です。
時間は前後することがありますが、時間によってセッションの内容に差はありません。
そのとき必要なことは行われます。



あなたがあなたの本質ともう一度つながること、思い出すこと。

ホームに還るという言葉がありますが、 自分とつながるということはそんなことかもしれません。
ホッとすること、
ここにいるという安心感、
そのままの自分へのYES、
感謝、信頼、
ご自身のプロセスが起こるでしょう。

Psychic Massage サイキックマッサージ  料金 15.000yen

問い合わせ・予約(スタジオウーヌスHPフォームへ)

マッサージとは、

ここにあるのはoshoの言葉です。
ある時期、セッションの前にはいつもこの言葉を読んでセッションに入るということをしていました。そのときのわたしの瞑想。

今、サイキックマッサージのことをいろいろと文章にしていて、ひさびさにこの言葉に触れました。これを読んでもらったら、サイキックマッサージのこと、マッサージに限らずマルガがしようとしてることを感じてもらえるとおもいます。

この言葉を読むたび、いつもいつもほんとに胸がいっぱいになります。
そしてみなさんに触れさせてもらえること、みなさんに触れてもらえることの奇跡を思いだします。いつもありがとう。


マッサージとは、
学び始めることは出来るが、決して学び終えることのない
なにかだ。

それは、何処までも続いていく・・・
経験は深まり、高まり続けていく。

それは、最も繊細なアート・・・ 技術の一つだ。

テクニックの成熟度が問題なのではない。
それ以上に愛が問われる。

まずテクニックを学んでごらん。

学び終えたなら、
テクニックを忘れ去ってしまいなさい。

そして、ただ感じ、
感じるままに動いてごらん。

マッサージを深く学んでいけば、
その90%のワークは、愛によって為され、
10%はテクニックによって為される。

ただ触れること、
愛を込めて触れることで、
身体の中の何かがくつろぐ。

その人を愛し、慈悲を感じるならば・・・

相手の究極の価値を感じるのなら・・・

その人を正さなくてはならない 機械のように
扱うのではなく、
とてつもなく価値のあるエネルギーとして
扱うならば・・・

その人があなたを信頼してくれ、
自身のエネルギーと戯れるのを許してくれたことに
感謝の念を覚えるならば・・・

あなたは、次第に
オルガンを奏でているかのように
感じられるようになる。

その人の 身体全体がオルガンの鍵盤となり、
その身体の中にハーモニーが築かれていくのを
あなたは感じるだろう。

そして、その人ばかりが癒されるのではない。
・・・あなたも、また癒されるのだ。

マッサージは、この世に必要とされている。

というのも、
この世から愛が消えてしまったからだ。

かつては、愛する人が触れるだけで、充分だった。

母親は子供に触れ、その身体と戯れた、
それはマッサージだった。

夫は妻の身体と戯れた、
それはマッサージだった。

それだけで充分以上だった。
そこには、心からのくつろぎと愛があった。

しかし、こうしたものは
この世から消えてしまった。

次第に、何処に触れたら良いのか、
どう触れたら、
どのくらいの強さで触れたら良いのか・・・・

人は忘れてしまった。

事実、触れることは
最も忘れられてしまった<言語>の一つだ。

触れることは
ぎこちないものになってしまった。

何故なら、いわゆる宗教家によって、
正にその言葉自体が汚されてしまったからだ。

彼らは「触れる」という言葉に、性的な色合いをもたせた。

その言葉は、
性的なものになってしまった。

こうして、人々は
<触れられること>を恐れるようになった。

誰もが、
許可することなしに、誰からも触れられることのないように
注意している。

そして今や、西洋では
これと対極をなすものごとが起きている。

「触れること」やマッサージが
セックスそのものになってしまったのだ。

今やマッサージは、
セックスを覆う単なる表紙、包みになってしまった。

だが、実際には
「触れること」やマッサージは
性的なものなどではない。

それは愛の機能だ。

愛がその高みから落ちてしまえば、
それはセックスになり、
醜悪なものになってしまう。

だからこそ、
祈りに満ちていなければならないのだ。

人の身体に触れる時には、
あたかも神その人自身が目の前に横たわっていて、
あなたは神に仕えているかのように
祈りに満ちていなければならない。

全てのエネルギーと共に流れてごらん。

そして、身体が流れ、漂い、
エネルギーが新たなハーモニーを築くのを
目の当たりにすれば、
今までに感じたこともない程の喜びが感じられるだろう・・・

あなたは、深い瞑想の内へ落ちていく。

マッサージをしている時は、マッサージだけすること。
・・・他のことを考えてはいけない、
それは邪魔になる。

指や手の内に、
あなたの全存在、魂が存在するかのように
「ありなさい」。

マッサージを
単なる身体に「触れること」にしては、駄目だ。

魂の全てが相手の身体の中に入り、貫くことで、
深奥の「もつれ」が解放されるのだ。

そして、何より
「遊ぶ」ようにして行うことだ。

仕事にしては 駄目だ、
ゲームのように、楽しんでするのだ。

笑ってごらん、
そして相手も笑わせてごらん。

「Hammer On The Rock by Osho」より抜粋


サイキックマッサージのセッションを再開しました(ブログ記事)
サイキックマッサージとは(スタジオウーヌスHP)

問い合わせフォーム

サイキックマッサージ再開

サイキックマッサージのセッションを再開します。

何人もの方からリクエストをいただいていました。しばらくこのセッションはお休みしていましたが、今、タイミングの気がして、
サイキックマッサージのセッションを再開することにしました。

実はすでにご予約はいただいていまして、わくわくしています。

いままで受けたことがある方とはうれしい再会ができれば、そして初めましての方とは新しい出会いの場面です。


サイキックマッサージはマルガにとってとても大切なものです。
ここから得たものがほんとにどれほどあるかわからないほど。

自分とつながること、だれかと出会うこと、
だれもが存在に愛されていまここにいること、そのひとそれぞれの美しさ、

トレーニングを通して、セッションを通してたくさん体験して知りました。



ひとは自分自身の美しさを自分で体験したなら、人生は大きく変わる

これはわたしにとって真実です。
わたし自身がそうでしたから。


わたしはその体験をサイキックマッサージを通して知りました。
だからみなさんにも是非サイキックマッサージを体験してほしい。



美しさを知るというのは、わたしたち自身がありのままで在ることの歓びをあじわうということ。

世間でいう美しさの基準から離れて、ああ、わたしはこれでよかったんだと心も身体も安堵し、内からわいてくる光を隠すのをやめて、自分として生きる。

知ったつもりでいた自分という存在を今までとはちがうところから見て感じて、驚くかもしれません。
はじめて対面するような、あるいは再会のように懐かしくて泣けるかもしれない。
なんて尊く美しい存在。 ほんとの姿。



セッションを受けることってほんとにいい助けになるんです。
いつもくっつきすぎて見えないものを観れるいい機会。スペースって大事。
このセッションは自分を思い出していくためのサポートになるでしょう。


サイキックマッサージってどんなことをするのか。
セッションの基本的な流れとしては、まずはお話をうかがいます。
その後、マッサージテーブルに横になっていただいてチャクラと男性性女性性のエナジーリーディングをします。
そしてそこからマッサージをしていきます。
エナジーリーディングをするのは、マッサージでどこから触れるかなど、セッションのおおまかな流れを見つけるためです。

セッション全体の時間はおおよそ1時間半です。長くなったり短くなったりする場合がありますが、時間に関係なく、
そのセッションにおいてあなたにとって今必要なことはすべて行われます。


見つけられるのを待っている場所があなたの中にあるかもしれません。

セッションの場でお会いできるのを楽しみにしています。



★サイキックマッサージセッション 15.000yen

サイキックマッサージメニューページ(スタジオウーヌスHP)

予約・問い合わせ先
問い合わせフォームへ(スタジオウーヌスのHP内)

続けること、流れに沿うこと

寒くなってきて、あたたかいものが有り難くなってきた。
おでん、おふろ、お布団・・。
寒いからこそのおいしさ気持ちよさ。

身体があったまるってなんて気持ちいいんだーって改めて感じれる季節。
身体があたたまると気持ちも穏やかに心地よくなる、つながりの実感。

季節によって身体はほんとに変わるなー。
1年の季節の移り変わりと、わたしという命の動き。
それは今回の肉体がはじまって終わるまでの一生の移り変わりという季節。

この両方の季節がうまい具合に働いて自分も地球もすべてのいのちが今あるんだろうとおもう。そしてそれをより活かすのは自分が自分とどうつながっているかなんだろうな。


ダイナミック瞑想を毎朝続けてひと月半ほど。
秋分辺りからはじめて今日は立冬。冬へ入った。

毎朝続けていることがあるからこそ、季節の変化と身体の変化のリンクがよりわかってきたような気がする。

ずっと同じことをし続けることは、わたしにとってそれほど重要じゃないかもしれない。
いまここの流れを感じてそれに沿うことの方が大事だ。

そのサインはどこからきている?
マインド?あまりに納得する巧妙なトラップではない?それとも身体?ハート?


そしてもひとつ大切なことは、続けることと流れと共にあることは極ではないから。いろいろなことにおいてどっちか一方だけ選ぼうとするのはなんなんだろうか。

気づいていよう。

最近、wifiくんの調子わるくてストレス。彼も変化のときなのかな。そんなときはなんやかんやするよりあったまった方がいいですよ。


スタジオウーヌスホームページ

それもほんの一部分。

たとえばだれかに嫉妬を感じるとき、そのひとの一部、いま見えてる(と思ってる)ものだけに意識が向く。

自分が欲しいものを相手が持っているから、自分は欲しくないのに自分は持っててそれを相手は持ってないから、それが苦しくて嫉妬する。

嫉妬してるときって、他の感情を感じてるときもそうだけど、ほんとにいろんなことが見えない。
嫉妬って苦しいんだ。
ちょっとでも感じたくないほどに強烈なもので、もういっぱいいっぱいになる。
経験したことがあるひとは知ってる。

嫉妬するなんて醜いって思ってるかな。けれども、
ああ今わたし嫉妬してるなって気づくだけで、それでもう十分じゃないかとおもうんだよね。

強烈な感情を感じたことで自分を判断しないで。
自分を責めれば責めるほど、嫉妬からは離れられない。
それを感じてる自分も自分という存在のほんの一部分だし。(一部分ですらないかもしらん)

なにを感じても感じなくても劣った者じゃないし、もしそんなことを価値基準にしてるならちょっとそれ厳しくないかね?

そして、その今起こってる感情はなにを思い出せと言ってる?

そのひとの全体を感じたとき、それまで感じていたものが変化する。
そのひとの全体を感じるとは、自分がそのひとについて見えていないものも想像してみるということ。

想像ってファンタジーだし・・って決めつけるともったいない。
想像ってすっごいパワーだから!だって嫉妬も想像からきたわけだし。

いま自分の目にどう映っていようが、
それはほんの一部かもしれない、一部ですらないかもしれない、
そんなふうな観方はわたしにあなたに世界ぜんぶにやさしいのではないかしら。


スタジオウーヌスホームページ