好き、嫌い


わたしは嫌われてる。

わたしは嫌われる。

こうやって書くと、

被害妄想のようだけど、

長い間、人間関係の中でそんな思いをよくもってた。



だから、

嫌われてるかもしれない・・と

少しでもわたしの何かがキャッチすると、

警報装置がピコピコして、

もう大変。



位置につけ!と

全身全力で戦闘態勢に入る。



その警報装置は、

こわれてるんちゃう?ってぐらい、

頻繁に鳴る。



だからいつも関係をもつのがむずかしかった。



ある人との関係の中のある出来事がきっかけで、

わたしの警報装置がビービー鳴った。



いろいろあって、

その人とは疎遠になった。



その出合いはとても印象的なはじまりで、

実際に会う前のやり取りからわたしはその人に惚れた。


とてもあたたかくて、人間味を感じた。

その人の本質、慈悲、それを感じた。

だから実際に会ったときは本当に嬉しかった。

会っても、それらは変わらなかった。



で、やっぱり今回初めて会った気がしなかった。

昔に会ったことがある人。

とてもご縁のある人。なつかしい再会。

それは彼女も同じことを感じていたみたい。



そして、わたしたちは疎遠になった。

わたしはそのとき、いろんな感情をもち、

怒り、憎しみ、悲しみ、落胆

しばらくはそんな感情が、

順番にだったり、一度にくっちゃくちゃに起こった。




感情が大暴れする中、すっごく大事なことを思い出した。

わたしは彼女が好きだってこと。

大好きだったから、離れたことが辛かった。自分が嫌われたようにかんじて悲しかったよな。


それまでのわたしなら、

嫌われたら、わたしも嫌い。

そんな考えだった。



でも変わった。

相手がわたしをどんなふうにおもっててもいいか。

だって、わたしは好きやもんな。



ほんとのことを認めたら、身体の力が抜けた。



この体験は、わたしの大きな気づきになった。

ブレイクスルー!



好きなものは好き。

それでいいのだ。だってそうなんだもん。



( 旧ブログより 2016-03-24記 )



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親友と彼


学生時代の親友。
学校を卒業して、
別々の仕事をしていても
しょっちゅう会ってた。

生きるってなんだ?いろいろなことを話し、一緒にたくさんのことを体験した。
旅行もよく行った。



わたしたちは旅行先で彼と出会った。
親友と彼はしばらくして付き合うことになった。


ある時、わたしと親友はけんかした。
時々、けんかしてた。
普段はどちらともなくすぐ仲直りしてたのに、
その時はなぜか長引いて、
しばらく連絡をとってなかった。

わたしは仕事の研修で数か月、東京に行くことになった。


そのころ、親友とその彼は関西と関東の遠距離恋愛中。
週末は関東に彼に会いに行ってたのを知ってたので、
わたしは出発前日に親友に久しぶりに連絡をとった。

『しばらく東京にいくことになったよ。
向こうで3人で会えたらいいなと思って。』
『うん、実は彼、こないだ入院して。』


わたしは研修の休みの日にお見舞いに行った。

病室をノックしたら、彼のお母さんが出てきた。
悪いけど今日は会えないから帰ってほしい、と言う。

わたしは驚いて、帰ろうかとも考えたけど、
会いたいってもう一度お願いしてみた。

しばらく待たされた。
心臓がばくばくしてこわかった。もう帰ってしまいたい。


部屋に入れてもらったら、
彼がいてた。
泣いてた。

『来てくれてありがとうね。』

『うん、久しぶり。
なんで泣いてるん?』
理由をわかるような気がしたけど、尋ねた。

彼は、こわいって言ってた。
そして、わたしに会えてうれしいって。

数時間過ごした。
また会おうね、
って言って、病室を出た。

自分はうそをついてしまった。
もう会えないくせに。

彼は見た目には以前とそんなに変わらなかった。
でもわたしの父と重なった。
父が死ぬ前とおんなじだとおもった。

父はある時からだれが見てもわかるぐらい弱っていたけど、
わたしには本当のことは知らされなかった。
そしてあと1週間もつかどうか、という時、兄から聞いた。

わたしはその時から父が亡くなるまでの数日、泣いてばっかりいた。
手を握ってても、足をさすってても、ずっと泣いていた。

父が亡くなった時より、その数日間がその時のわたしには苦しかった。


金曜日の仕事を終えた親友が、
大阪から夕方やってきた。
わたしたちは病院の外で会った。

『どう思う?
おかしいよな?
本当は死ぬんじゃないんかなって思う。
このまましばらくここにいようかなって考えてる』親友は言った。

『大丈夫やって』
不安がってる親友にわたしはそう言った。

わたしは、二人には一緒にいる時間をわたしのように泣きながらとかではなく、
あじわってほしかった。独りよがりな見方だったけれど、わたしはそのときそう思ってその言葉を伝えた。


そしてすぐに彼は亡くなった。
親友は最期には立ち会えなかった。

わたしは後悔した。
なんで本当のことを話さなかったんやろう。

わたしと親友は、
お互いとてもストレートな性格で、
なんでも話した。
正直に素直にわたしたちの時間を過ごしてきたのに、
わたしはとても大事な時に、彼女を裏切った。
そんなふうに思って、苦しかった。


1年ほど経った時、
夢を見た。

彼が出てきた。ニコニコ笑ってる。
わたしは彼に話した。

ごめんね、
わたしが正直に彼女に話してたら、
ふたりは最期の時間を過ごせたのに。

いいんだよ。
そう言って笑って去ろうとした。

ちょっと待って!
彼女を呼んでくるから!
あの子、すごく会いたがってるから!お願い!
彼はそのまま行ってしまった。

わたしは泣きながら目を覚ました。


夢だとわかってるけど、
あまりにクリアだった。


そして、わたしははじめて親友に話した。
あの時のこと、自分が本当はなにを感じていたのか。ごめんなと。

『いいねん。
大阪に帰るのはわたしが決めたことやから。』
親友は言った。

あれから20年経った。
ああ、書きながらいっぱい泣いたよ。

(旧ブログより  2016-02-27 記)



あなたの身体、感情、マインド、魂、全体とつながる
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本当に自由になりたいの?


いままで好きになった人たちに共通点があることに気づいたのは、
年末にしたノーマインド瞑想のとき。




彼らは、日本になじめなかった人たち。
日本というのか、社会というのか。



わたしにもおんなじ想いがあった。

昔からいつもどこか外へ行きたかった。
自由になりたかった。



お母さんがいなくなったら外に出よう。

そう思ってた。

母の存在はとても大きかった。

それはわたしを苦しめてたことも多い。




でも、
母がいなくなったら・・・って。


ひどいなー、
お母さんのせいにするなよ。

いつでもどこでも自由になれるのに。

(旧ブログより  2016-02-18記 )



スタジオウーヌス


あなた自身とつながるセッション

森があった

ウーヌスの裏には森があった。


大きな敷地にたくさんの木が茂っていて、毎日毎日、葉っぱの音と鳥がたくさん歌ってた。その敷地の真ん中あたりにお家が建っていたけど、見えない。それほどの木。


都会にこんな場所があるなんて。

来る人たちはみんな驚いて喜んだ。



そして誰よりもわたしたちはこの場所が大好きだった。

いつもこの森から滋養を得ていた。





いま、森はなくなった。

マンション建設中。


ほとんどの木は切られた。

わたしは森がつぶされていくことに、木が切られることに心が痛くてしょっちゅう泣いた。

ありがとう

ごめんなさい

ゆるしてください

あいしています





愚かなことを目の前にすると、もっともっと賢くなりたいっておもう。

わたしの中に眠ってる知恵がまだあるはず。

急がないと、とおもってしまう。





目の前のことに、嘆くだけじゃなくて怒るだけじゃなくて、見ないふり感じてないかのようにふるまうんじゃなく、実際に自分ができることをする。



わたしのしあわせが、だれかの、すべての存在の、世界の、宇宙のしあわせでありますように。

スタジオウーヌス

あなた自身とつながるセッション

その常識をうたがえ

「Girl」という映画を観た。

バレリーナを目指すトランスジェンダーの女の子が主人公。

映画がはじまってすぐから、ゆったりと観てられない。

内側のなにかを刺激されてるんだけど、それを知りたくない。思い出したくない。

息苦しさ 窒息しそう。どうか見つかりませんように。

若いころ感じてたそんな感覚。ひさしぶりにつかまってしまった。

まるでホラー映画を観ているかのように怖がり、

少し落ち着いてからは、ただ見守るしかないような気持ちで観てた。

主人公がトイレに入り、ちいさな窓を開けて、そこへ顔を近づけ、深呼吸する場面。

ああ、わかる。やっと息ができる瞬間。

どうか生きて。しあわせになりますように。

そんな想いがぽろっとでてくるほど、若いころの自分とその主人公を重ねてみてたみたい。

おっぱいが出てるのが女で、ちんちんがついてるのが男で、と決めつけだしたのはいつなんやろう?性別だけじゃなく、わたしたちが当たり前と思い込んでること、それは本当に本当なんやろうか?それらを信じこんで疑ったこともない自分を疑ったほうがいい。それは自由へとつながってる。

あなた自身とつながるセッションhttp://www.banyantree8.com/tsunagarusession/

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雷、そして満月。

夜中なのか朝方なのか、雷がなりひびいてた名古屋。大きな音で目が覚めて、しばらく音と振動を感じながら。死と生。特別に変わりない毎日を送ってるようにみえる日常で、どこかでだれかの大切なひとが死んで、同じ瞬間にもどこかでひとが産まれてる。

その命は待ち望まれてたものも、歓迎されずにきたものも、しあわせだったものも、うまくいかなかったものも、そのドラマから抜けると、その存在は愛されて望まれて必要だからこの世界にいた。それは間違えようがないらしい。

なんてわたしたちはかわいいかわいい愛しい存在なんやろう。

そういえば、父のお葬式の日もはじめ土砂降りで途中でからっと止んだんたった。

自分の中のなにかも死んで、深いところにいてそこから現れることを諦めなかったものが生まれてくるような気がした象徴的な雷、そして満月。

パリ

去年、はじめてパリに行った。

 

 

目的地、行きたいところは別のところで、パリは経由地というぐらいのかんじ。

 

だったけど、パリに惚れた。

 

 

たまらなくいいところだった。

 

なにがって?

 

挙げればいろいろあるけど、それらがよかったから惚れたんじゃなくて。

 

今までも、惚れた人、物って、惚れた理由ってないよ。

 

もう、ただ、好き。いい。

 

魂が喜こんでた。

 

パリの町をただ歩いているだけで、しあわせ。

 

そんな場所ははじめて。

 

 

ノートルダム大聖堂に着いた途端、鐘が鳴りだした。

何分ぐらいだったか、すぐ鳴り止むことなく、鳴り響く鐘。大歓迎してもらってうれしかった。

 

今年も行こうと計画中。

 

 

つながるセッション

 

スタジオウーヌス

 

いろんな表れ方

創造すること

表現すること

受け身の中で起こるこれらの話。

 

好きって感じる絵や言葉や、動き、わたしが心動かされるものって、なにかしら神聖さのようなものがある。この神聖さっていうのは、清いってことではないよ。いまは他の言葉が見つからないけど、混沌にも神聖さがあるから。その表現者のパーソナリティだけではない本質が見える創造、表現。そこには何者かが加担してる。存在とか宇宙とか神さまと呼ぶような。

 

自分を明け渡す、チャネルになる、空っぽになったところにエネルギーがやってきて、受容の器である表現者を通して創造、表現がうまれる。

 

今日はそうゆう表現についてインスピレーションを感じた日でした。

それはほんと?

今年の1月から覚醒のフィールドのトレーニングをしています。

わたしはオーガナイザーでそして参加者でもある。

めっちゃ楽しいの。

ほんとにすごくいい時間。

このプロセスは来年の春まで続く。

 

 

自分の感覚を信じられないという人いる。結構多い。

わたしは視えてないし、なにも感じるタイプじゃないんです、

というようなことを言う。

 

まじで言うてるのか?謙遜なのか?

まじでそうゆうふうに自分を思ってる人で、

感性を磨きたい、感覚が鋭くなりたいと感じているなら、

最初にすることは、自分が感じていることを受けいれること。

どんなちっちゃなことでもそれに気づく。それを捨ててしまわない。

 

エネルギーワークでもなにかのセッション受けたときでも、

自分の身体や感情や、そのときふと思い出した以前の出来事、どんなものでも、

たまたま、気のせい、で消さない。

 

なにかしら出てきたものを無視することも、

その出てきたものに執着して理由をつけることもしません。

そのまま、起こったことそのまま気づく。

自分が感じたことを、自分で認める。

なにも感じなかったら、感じなかったわと気づく。

 

起こってることをとらえるのに慣れてないだけ。

こんなふうに感じるらしい、こうゆう起こり方するらしい、と固定してるだけ。

わたしはなにも感じないから、って決めつけてるだけ。

 

もし感性を豊かにしたい、けど、自分は今はできていない、

って思い込んでるひとがいたら、やってみて。

感じたことを見つけられたら、褒めてね、自分で。

 

セッションやグループに参加したひとで、こうゆうこと言うひとたくさん会ったけど、ワークがすすんでいくと、みんな本当に活き活きと感じてることシェアしだすよ。感じ方って本当にそれぞれ。それが個性のひとつ。美しいな。

 

わたしは、感じる力みたいなものを育てるのはすっごくいいと感じてる。

わたし自身もそうやって育ててきて、今もそれは続けてる。

ほんとに好きなのよ。感じるということが。

 

で、なんでいいのかっていうと、

それは、

自分で、

体験して!

感じて!

知ってちょ!

 

 

マルガのつながるセッションは、

あなたの感じる力が育つこと、あなたの美しさに気づくことをサポートします。

すでにあるそのお宝を目覚めさせ、あなた自身のいのちを謳歌してください!

 

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