波に乗る

最近、仲間たちと毎朝瞑想してる。仲間のひとりがリードしてくれて、ほんの短い時間オンラインで、今のわたしの毎日に豊かさをもたらしてくれてる。

短い時間だから、遠く離れているから、など時間や空間に関する思い込みはたくさんある。でもオンラインでできることがたくさんあることが判ったここ数年。

目を見て、肌で、五感をフルに、理解しあい分かち合うことの計り知れない恩恵。
直接会うからあじわえるもの。

その二つはどちらがよりいいのか、これからの時代は・・それこそマインドが考えそうなことで。
自分がやりたいようにやればよくて、新しいことが今まであったことをすべて変えていくわけじゃないと思う。

ただ、わたしがしていることはオンラインでないことが多い。
それは好み。わたしが人と会ってする方が好きだから。

時代が変わる、時代の波に乗る、というような言い方をするけど、
それを外側からの情報で自分に合わせるのは無理がある。
流行はだれかが作ってる。いつまで人の作った波に乗る努力をしたいのか。

外の波に合わせるのなら、それはいつか疲れて終わりがくる。
だってずっと他人のいう波を読み続けるなんておもしろいかな?

海に入ると、波に乗ろう波を読もうとしても、当てがはずれる。
自然はわからない。そのわからないが自然なんだろうと。わからないはすごいことだとおもう。
けど、自分が寛いでくれば、波とぶつかることがどんどん減ってくる。海と遊びはじめる。

外からでなく、内からつながると外とつながる。

波に乗るという時、その波はわたしと共鳴している。
自分の波と海の波が合う時、それが波に乗るという表現なんだとおもう。
自然同士というのはそうゆうものなのかな。


流行も、偉人の教えも、成功者の言葉も、HOW TOも、心を打つこともあるしそれがきっかけになることもある。でもそれは正しいということでなく、だれかの体験。

感じることが大切なのは、自分という自然とつながることだから。
内から起こってくる感覚に不自然なものはない。その場にふさわしくないこともわいてくる。それは居心地わるい。
けども、それはその場が悪いのでなく、内側の感覚が間違ってるのでもない。
でも、わたしたちはその不一致を内側の感覚が間違っていると、学校や社会で直接的に間接的に指摘されてきた。そうして内側の感覚を無視して、その場のふさわしいことを優先するようになった。それは外側の波を読みはじめるようになったきっかけかもしれない。


わたしたちはいつからでも変われる。

もう外側の波を無視しようという極端なことではなく、感じてることがすべて自分にとって本当だとも思わない。ただ、内側の衝動や感じていることは今自分に起こっているということはまちがいなくリアル。
自分に起こっていることを自分だけは知っていよう。自分の感じていることを自分が知らないならそれは無いも同じこと。それは悲しいことだとわたしは思う。


なにかを書いたり色をつかって描いたり、表現とは感じたことを絵や言葉や身体で表していく。
生きることと表現することは、言葉はちがっても同じ意味。
内側に耳を澄まして観て感じて、いのちを目覚めさせよ。

2022年のアクアフローティングは7月25日に鎌倉からスタートします!

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エッセンスと瞑想

アクアフローティングをみなさんとシェアする季節が近づいてきて、
楽しみになってきました。
アクアフローティングは夏だけのものでないのですが、わたしたちにとっては今のところ海で行われるのが自然で、ここ数年は夏の海での開催となっています。
来月、関東からスタートする予定です。

アクアフローティングはインドのOshoメディテーションリゾートでうまれました。
瞑想がベースである水の中で行われるワーク。
水の表面に浮かんだり、時には水の中にすっぽり入ったり、ダンスしてるみたいに、母なるものとそのこどものように、ファシリテーターと受ける人と水とで起こるワークです。
そのプロセスはどんなふうに起こるかはわかりません。水が導いてくれます。

わたしたちの多くは、未知を無意識に避けようとします。
知らない、わからない、が苦手です。
学校教育での過程で、物事はすべて判るものというふうに思ったからでしょうか。
けど、この世界には、知らないこと、未だわからないこと、だらけにみえます。

人と話していても、起こったプロセスも、こうだああだとカテゴライズしてその扉を閉じる。それは、未知やあいまいであることを恐れているからかもしれません。わたしたちの未知・既知への反応は奥深いようにかんじます。

水の中でのワークはたくさんありますが、アクアフローティングが瞑想の場で創られたというのはとても大きな意味があると感じています。
本質的なものの中には必ず瞑想があります。それはツール側に依ってるのではなく、それと関わる側の質というか、どのように関わるかということで変わります。
そしてそれはすべてのものに本質的なものが潜在しているということで、そうでないようにもなれるということなのだとおもいます。


ニュートラルのワークショップは、その関わる質を育てていく場。
アクアフローティングやウーヌスで提供しているセッションのすべてのエッセンスがつまったグループです。
自分の思考や感情も含めすべてを受け容れることは、自分を認めるということ。
包容力ともいえると思います。なかなか簡単ではありません。

けれど、自分のすべてを完全に受け容れてくれている存在がいるとして。
少し時間をとって、その想像をしてみてください。
その時、身体や感情や感覚はどんなかんじなのか。

まずは自分が自分の最も安心できる存在となれるように。

ニュートラルのワークショップは2つの日程で開催します。
・7/2(土)3(日)
・7/2(土)6(水)
1日目 11:00から18:00
2日目 10:00から17:00
@スタジオウーヌス 

詳細ブログ
http://www.banyantree8.com/blog/2022/06/post-1690-1514877.html

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心地いいはしあわせとつながってる。

2022年がはじまった時に、今年はなにをしたいかなと考えてみたら、
肉体ともっとつながりたい、より健康になりたいなというのが出てきました。

わたしは年齢的に更年期の最中。
人によってほんとにさまざまだと思うのですが、わたしはいろいろと変化を実感してる。
初潮がはじまる時以来の、身体の大変化のとき。
更年期を単一的にとらえないことは大切だと感じてる。面倒なものでもない。わたしにとっては自分のその最後の思春期というかんじで、新たな次元への幕開け前というふうにも感じていて、だから余計にじっくりとあじわっています。すごく大切な時間を過ごしているという感覚がある。だからセッションの中でもよくお話する内容です。

1年の半分の所にきた今、新年に思った気持ちが行動として今も続いている。
それは更年期という季節を過ごしているということと大きく関わってる。
昔してたヨガのアーサナをしてみたり、ただゆっくりじっくり身体をストレッチしたり、「快」と身体が感じることをしてる。ほんとに気持ちのいい瞑想の時間です。

心地いい、気持ちいい、くつろぐ、という感覚はほんとにわたしたちを、想像以上に健やかに豊かにする。
けれど、身体が心地いいと感じること、快や不快の感覚を感じることは、多くの人たちはそれほど興味がむかない。それよりもなにか手っ取り早い方法を探しているようにも見える。
わたしたちのしあわせに、「心地いい」はほんとはめっちゃ手っ取り早い方法なんだけど。

身体と心は密接。
こころがあまりにしんどくなると、身体を動かすことができなくなる。
動いたらいいのはわかっているけど動けない。
日常の動作も緩慢になっていく。

身体を動かしてみようかな、とふとわいた瞬間を逃さず少しでいいから動かしてみると、とてもしんどい状態から出やすくなる。




7月2日3日はニュートラルのワークショップ。
ここでは、自分の「心地よさ」を繊細に感じていきます。
心地いいを探求するということは、心地悪いもあじわう。
片方だけが良いことなんてはずはない。
ニュートラルは一部ではなく全体。すべてがある状態。

自分ひとりで、そして他者と向き合うことで、
そのシチュエーションによって、瞬間瞬間、心地いいは変化する。
それはわたしたちの人生そのもの。
ずっと同じ状況はなく、自分の肉体のリズムも星たちも刻々と変化してる。

自分とつながることとはどうゆうことなのか、
その時どんな感覚が起こってるのか、
共にそしてそれぞれ独自の体験を分かち合います。

7/2.3(土曜.日曜) 7/2.6(土曜.水曜)ニュートラルのワークショップ開催。
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大切なことを大事に

今、本当はなにを望んでるんだろう。本心は。

それが手に入らないと思いこんで、またはそれが手に入らないことがこわくて、
食べ物や仕事やネット、スケジュールをいっぱいにして、たくさんの人との付き合いや学びなどで満たそうとする。

でもそれはほんとうには欲しいものじゃない。
代用品では満足がこない。いつまでたってもなにかずっと足りない。

自分がその代用品にされるのはいやだ。
そして自分の周りの人や物を代用品としてつかうこともしたくない。

ひとりになりたくなくて、だれかと会う。
ひとと関わりたいのに、だれかとふれあいたいのに、どうしていいかわからなくて、関わることから起こる葛藤がいやで、ひとりでいる。

そのうちになにが本当でなにがごまかしだったのか、わからない。

逃げるための代用品がたくさんある。
だから余計にいろんなことがむずかしくなってるのかな。
ちがう、代用品がたくさんあるのではなく、貪欲さゆえにどんなものでも代用品としてしまうんだな。


自分にとって大切なことを大事にする。
自分自身も、今縁あって出会ってる人たちも。自分の本当の気持ちを。
いつもうまくじょうずにできなくても、何度もトライ。

ひさしぶりに開催します!
ニュートラルのワークショップ
7/2.3(土日)
7/2.6(土水)
@ウーヌス
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身体に触れることで自分とつながる
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感じるを目印にさまざまなツールをつかって自分とつながる
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自分の世界

だれかの行動に対して反応するとき、わたしたちは自分の観方でその人や物事をみる。
普段あまりそれには意識が向かないかもしれないが、ふとした時にその自分の捉え方に驚く。
自分の観方のまま自分の世界はできてる。

こないだの話。電車に乗る前にコーヒーを買った。
自分の荷物がわちゃわちゃとあって、電車はすいていた。飲み終わったコーヒーカップを置く場所がなく、足元に置いた。
降りる時、すっかり忘れていたわたしはおっちゃんに声をかけられた。
「わすれもの!」あっと思い出して、コーヒーカップを取ろうとしたら、
そのおっちゃんが「自分で飲んだものぐらい、ちゃんと責任もって・・」と言いながら降りて行った。

多分わたしを知ってる人からしたら、忘れたんだとわかると思う。けど、その人はわたしがそこに捨てて去ろうとしたように見えた。いけずな言い方、と感じたけど腹は立たなかった。
ただ、そのおっちゃんの頭の中には、自分のゴミを自分で捨てない人がいるんだろうと思った。

わたしたちは意識してないと決めつけとか思い込みのマイワールドで生きてる。
毎日を生きてて、人はさまざまな事情や想いやたまたまの失敗などいろいろある。
んでまた、事情があるかもしれないと目を向ける余裕のない時も、あるんですよー。




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触れることを通して自分と出会っていく
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感覚、感じることから自分としっかりとつながっていく
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ふれると、ふれられる。

触れる触れられることについて、
どんなかんじ、あるいはイメージを持っていますか?


わたしはこの仕事をする前、はじめてからもしばらくの間は、
触れられることがすごく苦手だった。
たとえば同じ職場の人に練習のために触れられる時間とか、
ふとした時に唐突に友人から触れられる瞬間とか、
身体が閉じてしまう感覚。



触れるということは、実は触れている者から触れられている、
のだけれど、それに気づくと、触れるということへの感じ方、観方が変わる。


そう、実はわたしは触れることが苦手だったのだ。
でも、同時にとても魅かれていた。

触れるのがこわくて、触れられるのがこわくて、でもそれにつながっていたかった。



今も、気楽に・・触れることはできない。
それぐらい、わたしにとって人という存在はとても畏れ多い。
尊く、繊細で、大きく、未知。
同じ身体は見たことないし、触ったこともない。いつも初めて。



触れる前は、その身体ー存在を迎え入れる部屋を整え、さまざまな準備をする。
それはある意味、わたしにとっての儀式のようだとおもう。
触れるということはとても大切なことだから、
それに見合った準備がいる。
それは深刻ではなく、神聖だから。

いろんな場所にたくさんのマッサージのお店がある。
10分単位で手軽に入れるお店もいっぱいある。
それはやっぱり触れられることを多くの人が求めてるからなんだろうと。

人とのつながりがもてないと、わたしたちは生きていけない、健やかでいれない。
疲れてるのは肉体よりも、先に心の方。
触れられることでどこかが安心する。
だからマッサージのお店は多くあるのだと思う。



oshoがマッサージについて語っています。
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すぐに終わってほしい

1週間、表現アートのワークに参加していました。
名古屋にもどってきて、のどの痛みと体のだるさと風邪の症状ににたものが出て、
わたしの中のいろんな調整が起こっているようでした。

頭痛や風邪みたいな症状、なにか普段とは異なることー不調が起きると、すぐにそれを排除したくなります。
薬で抑えようとはしないかもしれないけれど、自然療法のようなものを使って対処しようとする。
すぐに去っていって欲しい。

対処的というのは、ある状況に直面した出会い方のひとつ。
もしそれが身体の不調だとして、薬で抑えるような方法ではなく、自然なツールをつかっていても、それはホリスティックー全体的ではないなと思います。

セッションやグループに参加して、すぐに「効果」「よくなる」を期待する気持ち、
それが出てくるのは当然に思えるし、すごくよくわかる。
実際に一瞬でなにかがシフトすることもある。
でもそればかりじゃない。その期待する気持ちは依存的で対処的でもある。


わたしたちの身体も考え方も時間をかけて繰り返ししてきたことの、今。

なぜ今それが起こってるのか。
理由を考えるのではなくて、
それが今起こっている。それを感じてみる。

早く終わらせようと躍起になっている自分、よくないことが起こっていると判断してる自分、
わたしは弱いと嘆く自分、あいつのせいだと攻撃する自分、もっと大切にされたい、いろんな声、訴えが聞こえる。


より大きな視点・全体として、今起こってることを観たいなと思う。
その視点は自分にとってもだれかにとってもその症状にも、あたたかいはず。

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使命って?

自分の使命ってなんだろう、と考えたり探したり、そんな人は多いとおもう。
わたしもそれが知りたかった。
使命を見つけそれを生きた人もいるだろうし、
それを探し続けてこの生を終えた人もいたかもしれない。

今のわたしは使命について探すことはない。
それを探すのであれば、今自分が本当に望んでいることや情熱がむくものにエネルギーを注ぐ。

使命というものがあるとして、
それとちがうことをしていることがもし不安なのであれば、
その不安を見るほうがよっぽど大切だと思う。


でもそう言いながら、わたしたちには使命があると思うんだ。

それは自分の美しさを自分自身で知ること。

これはほかのだれもできない。
あなたにしかわたしにしか、自分自身にしかできない。
そしてそれを生きること。
これは生命あるすべての存在の使命で責任だ。

それは別の言い方をすれば、
自分自身を愛すること。

美しさを美しさと見れないようにしている思い込みに気づき、
その分厚い布で覆っている隠されていた内にある美しさを救ってやる。
その使命はすっごく大変な時もあるけれど、やりがいがある。


人から褒められたり、認められたりすること、
それと自分の美しさを知ることとは別のこと。
それをごちゃまぜにすると、ずれてしまう。
どんだけ人から褒められ認められても、
自分で自分の美しさを知ってないなら、わたしたちは本当には満たされることはない。


自分の美しさを知ってるひとはとても強い。
その強さは弱いものをうまない。

美しさは独自のものだから。
比較や競争とは無関係。
だれかに決めてもらうなんてありえない。

自然界の存在たちはそうやって、美しさを、いのちを、分かち合ってる。
わたしたちも自然界のひとつ。



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声に出して呼ぶーー内側を現してみる

何度聴いても涙が出て仕方なくて 一体いつまで泣くんだろう

そう思っていたけど
1週間ずっと聴き続けていたら泣かずに一緒に歌えるようになったんだ

友だちがある歌に出会って、それがすごく響いて聴き続けていたという話。

その友人らしい。
わたしもなにかに響いてふと涙することがよくある。
その友だちのようにダイブするみたいに、っておもしろいなーと思った。



今朝その話を思い出していた。


ふと口に出してみた。

お母さん

声にしようとした瞬間、 すごくざわざわしてわたしの中が大騒ぎしてる。
涙が出る。


なんで、お母さんだったのか。
考えもなく突然に出た。


何回も声に出してみた。

最初はただ音にしただけ。
それでも泣ける。


そして呼んでみた。

お母さん


何回も声に出してその人に呼びかけた。

お母さん


今の年老いた母でなくて、あの時の母に。
わたしが幼かった時のお母さん。
呼んでいるのは小さなわたしなのかな。


ねえねえ
なあなあ
お母さん
こっち見て



小さなわたしはなにを言いたかったのかわからないけど。
お母さんと呼びかけることはすごくしあわせで必死な訴えだったのだと思う。




ただふと湧いてきたものを声に出してみた、それだけのことだけど。

内側のものを現してみるー表現ー
そのプロセスとしてなにかがどこかが起こされ癒され満たされ。






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仕事ってなんだろう

仕事について。
仕事ってなんだろう、って一生懸命考えた時期がある。
仕事ということがなんなのわからなくなったから。

わたしの辞書の「仕事」ってどうゆう意味なのか。
つまりわたしにとって、仕事ってなんなのか。

仕事が何なのかわからないなら、仕事はできない。
わからない中でわかっていたことは、仕事はお金を稼ぐだけのものではないということだった。


考えても答えは出ないかもしれない。
けど、なぜ?という疑問がわかないと知らないまま。
その言葉は自分にとってどうゆう意味なのか。
探した者には、答えとは限らないけれど、なにかが与えられる。ご褒美みたいに。

わたしにとっての仕事とは、今は知っている。
そして多分、これからもその意味は変わっていくのかもしれないなぁと思う。


あなたにとって仕事ってなんですか?


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