へそが溶けた話

去年の6月、実家へ帰ったときに母から渡された。
「これ、もうあんたが持っとき」

へその緒だった。

母はこれをしばらく前から渡すつもりだったらしく準備してた。


なんでへその緒??
突然で驚いて尋ねたけれど、 あんたのものだから、とだけ。


なんか意味ありげやなー。シンボリックなかんじ。




そこから一か月ほど経ったころ、突然にへそが痒くなりだした。

朝起きると、おそらく夜中のうちに出てた膿のようなものが固まってガビガビになってる。
へそがそれで満タンになってる!
(想像力あふれるひとたち、気持ち悪かったらごめん)


そのへそから出た膿のようなもので、へその周り全体が炎症をおこして真っ赤。
それもまた痒い。
へその内側も周りも痒 い。
腫れあがってるからへその形まで変わってるやん。


めっちゃ昔に聞いた友だちがへそのバイキンが入って大変なことになった話、
ギリが話してた、へそが無くなったひとの話を思い出す。
こわいよー。



原因がわからない。 なにが起こってる?
へその緒がわたしに戻ってきたことが関係してることはわかる。


こわいし痒いけど、病院に行って炎症を無理に止められたくない。
出たがってるものがあるのなら出るのを手伝いたい。
デトックスであってほしい。へそよ、無事でいておくれ。


あんなにもおへそを日に何度も見ることなんて無かったというぐらい観察してた。今日もこんなにへそと連発してる。

毎日一進一退を繰り返してるようなへそ。
あかんと思いつつ、つい触ってしまうし。



そして12月に入り、
新しいへそ完成!



長かったな。
今でも気になって時々見てしまう。




2016年の夏、サイキックマッサージの創始者サガプリヤのイタリアでのグループに参加した。
わたしは大きな課題を持って日本に帰ってきた。

課題という言い方をしたけど、その時そんなふうには思ってない。
わたしはあまりにショックで帰国後悶絶した。受け容れられなかった。


この話はわたしの女性性の話で、いつかのタイミングでシェアしたいな。



そこから約4年経ち、ちょうど去年の夏ごろ、わたしはそのときの課題が、ある段階にきたような気がしてた。どう言っていいのか、課題が課題ではなくなったっていうのか。

それと同時期にへその緒が母から渡され、へそが生まれ変わりの準備をはじめた。



へそがぐちゅぐちゅいわなくなってきた頃、わたしはあることがきっかけで母へ手紙を書いた。
母へ渡すつもりはなかったけど、ただ自分が母へ言えなかったことを言うために。1通書いて、また書きたくなってもう1通書いた。
書いてよかった。

それが12月。


それから少しして、へそが完成した。




こないだ、内なる女性性の話を書いたけど、このへその話もそことつながってる、たぶん。
わたしの女性性がすべて癒されたからあの記事を書いたんじゃない。
なにかを教えようと思ってここがあるわけじゃなくて。まあ、時々は押しつけがましいけれど。


みんなといろんなことを共有したい。

体験してもない正解の話じゃなくて。マインドの都合のええ話じゃなくて。

自分が今感じてること、失敗したこと、しあわせーとか、自分たちひとりひとりが持ってる美しさ・パワーを思い出す方法とか。


それは役に立つかどうかはわからん。実は、役に立つことを書こうと思うと言葉が出てこなくて書けない。


マルガという媒体を通して、感じたこと、思ったこと、体験したこと、
それを素直に表現することがわたしのよろこびでチャレンジ。

この表現というチャレンジがわたしは大好きなのだ。


へその話、読んでくれてありがとう。



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わかりあえないことがギフトー内なる女性性

母親とはわかりあえないもの、
それを理解したときにわたしはすごく楽になった。


理解しあうこと、はとてもいいことだとおもう。
それが起こればすごくうれしいし素晴らしい。

けど、理解しあうことを求めた途端、理想とした途端から、固くて息苦しくなる。



母親とわかりあえないからこそ、結果として、自分の人生を生きる。

母親とは全くちがう考え方だから、したいことを反対されるから、したいことをしてくれないから、母親の理想を押し付けられるから 、

反抗が起こる。

わたしはお母さんとはちがう!
こうやって独立に向けて準備がはじまっていく。



お空の上で今回の人生を決めてくるとき、母親には自分とは理解しあえない部分をもってるひとを選んできてるんじゃないかなっておもうんだよね。 そうやって協力してもらったんだろうなって。
わかりあえないことは、母からの愛だったなと。
母が理解できない生き方はわたしたちから母への愛。



多くのひとは内側の女性性が母親のままだ。
母親も内なる女性性は祖母のまま。
それは綿々と女性性を受け継いでいるということ。
家系のなにかを繰り返しているということ。


肉体として似ていることはわかる。 でも口ぐせ、態度、考え方、生き方が似てるというのは、自然なこととはおもえない。



肉体のルーツとして母親がいる。
魂としては?




必ず人生の中で母親と自分を切り離すときがくる。 最初はへその緒を切るとき。肉体を離す。 けれど、エネルギー体としては切り離されていない。


結婚したから、仲がいいから、仲が悪いから、距離をとったから、
母親と自分が離れてるかどうかは、これらとは関係ない。

物理的な距離をもつことはひとつのプロセスで、それがきっかけになることはある。
けどいくつになっても母親と離れてないひとはわんさかといる。
年齢とか職業とか関係ない。



母親を自分の内側から追い出さないといけない。
一度も離れたことがないままで、どうやってそのひとを認識するの?
どうやって自分がわかるの?




母親からの本当の独立は簡単だとはおもわない。
でもやらなくちゃいけない。
みんながやらなくちゃいけないと強くそうおもう。


自分を生きること。
それがこの肉体をもらったことの母親へのお礼だ。
母だけでなく、祖母、血の繋がりも超えた女たちへの感謝とリスペクト。
あなたのそのプロセスが過去現在未来の女たちを癒す。




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