普通であることーわたしとつながる

毎日の中にすべてのことはある。
気づきも神秘も思い込みも感じることも愛も。

ぱっと現実が変わること。マジカルな変化。
今の状況が気に入らないからさっと思ったように変わってほしい 。
それはみんながどこかで望んでいること。
毎日の中、日々の中に、やってくる突然のマジカルな変化。


奇跡が起こってほしいなら、 それはやはり日々の営みを全身で生きること。
そう言うと、がっかりするひとが多いのだけど・・。

もっと、ぱっと、さっと、って方法ないの?

わたしは知らない。



Oshoはトータルでいなさいと言う。



五感で、意識を拡げて、わたしという存在すべてで日常をあじわうこと。それが奇跡を知るプロセス。
けれど、それはある意味とても地味なことだ。



自分のやっていることにしっかりと意識を向け、
些細かもしれないことに愛を注ぎ、
自分の仕事にエネルギーを込めて、
なんの役にも立たないかもしれないただ好きなことをし続けることを自分にゆるし、
肉体をケアし、
精神に栄養を与え、
ひととの関わりの中で葛藤が起き理解がうまれ、
別れて出会い、
大切なひとに注意を向け声を聴き触れ、
遠くに暮らす愛するひとたちの笑顔を想い、
大切な自分に愛を伝える。


いまがどんな時代であっても、自分がどんな場所にいても、
毎日、自分が大切だと感じることにエネルギーをつかうこと、
目の前にあることを大切にしてプロセスをあじわうこと。
それが祈り。
目を閉じてじっと願うのではなく、その態度が世界への貢献。



ごはんをつくる、食べ飲み、片づけ、仕事、お店でものを買うやりとり、歩く、目を合わせる、話す、おしっこうんち、触れ合うこと、呼吸、感情、 日常の中で、繰り返している起こっているさまざまなこと。

それはいつも同じではないことに気づいてるかな。



自分の体調・気分が毎日ちがうことに気づくこと。
その安定していない自分を知ることはすごく大切なことだとわたしはおもう。
安定してないことが当たり前に自然なことだと。


小さいころから安定=変わらないことを求められてきた。
家庭で学校で仕事場で。
そこはそのための訓練の場だった。
安定していないのはなにかが足りないからだと。
知性、忍耐、注意力、規律、競争。
いまも多くのひとは安定を求めて、職場を決め、居心地の悪い居場所を出れず、心を閉じ込めてる。安定ってほんとにあるの?



わたしたちは不安定の中にいる。
今この状況がというのではなくて、今も以前もこれからも。
moment to moment


変わること、それは別の言い方をすれば不安定とも言えるけれど、それが自然。

自然は変わっていく。自然で変わらないものはない。
木、生きもの、水の流れ、雲、自然はどんどん変わる。わたしも自然。

コンクリートとかプラスティックとかアンチエイジングとか、変化を遅くさせること、そうゆう目的で人工的なものはつくられる。




普通であること 
ordinarity

特別になりたいひとたちは普通が好きじゃない。


普通の日常、
そこが実は特別なすごい場所だと体験することは、
自分が今ここにいることの奇跡を知ること。


アタマであれこれ考えて情報をたくさん収集することの方が遠回りだよ。

五感が開いてくると直感はどんどん冴えてくる。
自分で感じて決めて動けるようになる。
自分にとって正しい時に正しい場所で正しいことが起こっていることがわかるようになる。
自分とつながるってそうゆうこと。







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Path of life パスオブライフセッション(旧つながるセッション)


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表現とは受け容れること

朝、ギリがわたしのブログを読んだ感想を話してくれた。
よくくれる。
感想を言ってくれるのは、彼になにかが届いたとき響いたとき。
だからその感想をきくのはおもしろいしうれしいし、異なる視点に感心したり、有り難いしあわせなこと。




表現すること、身体を動かすこと、
これがわたしの心身の健やかさを保つのにかかせない。
そして瞑想。
わたしにとって、表現するというのはこころが動くことの結果のようなもの。
こころが動くから表現が起こる。




これらはわたしの健やかさだけでなく、おそらくほとんどのひとたちにとって自分を健やかにする栄養になる。





わたしの中からこれらが薄まってしまうと、めっちゃ調子がわるい。元気から離れる。

すると、ケンカをふっかけまくるわ、ウツウツとなるわ、食べ過ぎるわで、表現されなかったエネルギーが出る場を求めてこんなふうな表れ方をする。
すんごーく疲れる、知ってる人も多いだろうけど。
使ったエネルギーの倍以上のものが出て行くような体感。

そして逆にここに居続けてしまうということがある、いたくないと思いながらも。
それは、本来のものー健やかさーからズレているから、ここから出るエネルギーが足りなくて、留まってしまうのかもなとおもう。


元気のエネルギーをとり戻すのは、かなりのパワーがいる。
自分がいたくないここから離れるという決意がいる。
決意するということ自体がパワー。

これ、ヒーリングのプロセスとおんなじだな。

変わる、変わりたいという決意が最初にある。
肉体であれ、人生であれ。もうこれ以上うんざりだ!って。
ここでパワーとつながれた。内にあったパワーと。
そして本当へ向かっていく。
治癒にいたるまでの道。




変わるという決意・勇気、身体に意識を向け声を聴き、こころマインドに目を向け、食べ方を見直したり、いままではちがう物事のとらえ方も必要となる、自分という存在に目を向けなにかに気づく必要がある。治癒が起こるにはある程度の時間もいるだろう。

ある面、ヒーリング・癒しというのはだれかにしてもらうことではなく、自分で変わることを決めて、だれかのサポートを受けながら、気づいて、それを実行していくということ。
いままでの習慣を変えていくということ。いままでのその習慣はあなた本来のものとは離れているということだから。


だからね、健やかでいるのはとても大切。
それがわたしたちそれぞれの責任だと内側からの理解が起こるとすれば。


健やかでいることは、わたし自身の為であり、パートナーや家族のためにもなり、自分のいる場所のためにも、世界平和にも貢献する。



自分を癒すことはほんとに大きなことなんだよな。



その癒しのプロセスにおいて、表現はすごくパワフルにはたらく。

そのままに純粋なままに表現が起こることのパワフルさはそれが与えるインパクトは言葉では表しきれない。



そして誤解されやすいのだけど、そのままに純粋なままの表現というのは、すべてが心地いいとは限らない。

心地悪いを感じてそれを表現しようとはなかなかしない。

なんかね、みんないわゆるポジティブが好きなんだ。だから、いろんなことを無意識に良い方向へと向かわせようとする。
結末を納得いくものにしたがる。納得いくものとは、あやふやでなくて、もやもやではなくて、すっきりしたもの。
結果、良かったです!みたいな。

おいしいもの食べたときの、しあわせとか、
あたたかい湯船に入ったときの、んあああーだとか、
言いたいことが言えない、ううう・・だとか、
だれかに話し、色で表し、思わずくそーっと声が出て、
ごはん作って、木に触れて。

そのまま感じるまま動くまま表れるまま。




表現というのは、いまここの状況も感覚も感情もある物も起こることも、すべてを受け容れてるということなんだ。


そのまま感じたままを表してみること。うまいこと書く、綺麗に描く、褒められるように、そうしたいのを横において。そのまま、あなたに今あるまま。

それに身を任せれば、癒しは自然と起こる。表現の本来のパワーが顕れる。





この居心地の良さこの不快さ・・なにが起こっているとしても、
意識を拡げ、ハートを開きハラを感じ、自分を開いて、
今あるすべてをぜんぶ感じる。
そのままをそのままとして。


それはすべて一旦自分の中へそれらが入ってくるのをゆるすということ。

自分を通じて、入れて出ていく。
そう、呼吸のように。



自分という存在全体で受けいれたものを自分という存在全体で表す。
生きてる実感。 いのちが動いてる。







1/24日曜
Be still and know ニュートラルワークショップ

身体をもつすべてのひとに体験したもらいたい!
あなた自身の在り方、ひととの関わり方、あなたと宇宙(存在)、
きっとなにかあなたにとって大切なものを受けとるでしょう。


マルガの提供するセッション
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自分の仕事がある

母方の祖父はとても賢い人でした。
働いてお金を稼いで家族を養うということはできませんでした。
ひとに雇われるとか自分の時間や労力をお金に替えるということが全くできなかったと。
これは母がわたしにした話。

そんなでわたしの母は金銭的にとても貧しい家庭で育った。
わたしは母からそんな話をたくさん聞いた。

母の祖父への尊敬と内に秘めた軽蔑。
祖父が稼がなかったということ、
同時に祖父が智慧を惜しみなく多くのひとに使っていたということ。


わたしの祖父のイメージは、墨をすっている姿、筆でなにか書いている姿、漢方薬の匂い。白いシャツ。 穏やかで静かな雰囲気。



母から刷り込まれた祖父の生き方へのわたしの観方が、ある時変わった。

それはわたしが仕事というものに対しての観方が変わったことも大きく影響してる。



あるセッションでわたしは母方の祖父の思い込みを受け継いでいると言われたことがある。いままで祖父はわたしにとってそれほど近い存在ではなかったから意外だった。
その思い込みは、「ひとには分かってもらえない」
自分の知恵は普通一般の人にはそうそうわかるまい、というようなもの。
!!んまあなんと傲慢な。
けど、その頃なんかその感覚はとても馴染み深かったんだよね。




わたしの祖父と祖母、子供たちは逃げるようにして韓国の済州島から日本へやってきた。母が生まれる前。済州島ではその村では初めて運動靴を履いたひとで、教育を受けていて、跡取りとして大切に育てられた。

その恵まれた環境から、ほとんどなにも持たずに来た。

祖母が子どもたちを育てるために働いた。

稼ぐことはできなかった祖父だけど、たくさんの同胞に頼りにされていたらしい。
字の読めない多くの人たちは祖父に字を読んでもらい書類を書いてもらった。子供の名づけを手伝ってもらった。智慧のある祖父にいろいろな相談をしにきた。父方の祖父もその祖父のことが自慢だったそう。


祖父は自分の仕事をしていたのだ。


お金を稼ぐことはすごいことだとおもう。それが得意なひともいれば得意じゃないひともいる。いろんな所で何桁稼いだという話やお金とは感謝や愛のあらわれだと稼ぐことはスピの高さのようにも言う。


お金がないのは貧しいとわたしたちの多くは思い込んでいる。
貧しいことは恥ずかしいことだと。お金と豊かさと貧しさがつなげられて考えられてる。
少なくともわたしはそう思って生きてきた。祖父のこともそうゆう目で長い間見ていた。


豊かさ
しあわせ
満足

自分にとってそれらはどうゆう状態なんだろう。

それを見直すのに今のこの世界はほんとにいい場所だとおもう。



ひとにはそれぞれの、そのひとだけの仕事がある。


世間でいう失敗や成功の判断を持ち込めない、義務や責任を超えた場所。

どうしてもやらなくちゃいけないこと。
したくてどうしようもないこと。
あきらめきれないこと。
なにかに急き立てられるように衝動として。
否応なく自分の元にやってくることとして。

わたしにもあなたにもある。



あるとき教えてもらった。

智慧というのはそれを分かち合うひとの元にやってくると。
自分だけのものに独占しようとする人にはそもそも智慧はやってこない。

やってくるという表現をしているのは、ほんとに存在から降りてくるから。

それを分かち合える人の元へやってくる。
智慧はこの世界に必要だから。
それを必要としている人・物・場があるから。

それを仕事という。

わたしだけの仕事がある。

あなただけの仕事がある。



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サイキックマッサージ



1/24(日曜)
ニュートラル・ワークショップーBe still and know


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タイミングって?

髪が切りたくなった。もう今すぐに切りたい!から電話したけど予約がすぐにとれなかった。
予約まであと3日もある。。。


当日にセッションの予約をいただくことがたまにある。時間さえ空いていればわたしの方はウエルカム。
わたし自身も、なんとなくとかふととかピンときたとかで動くことも多いから、その急なオファーにタイミングが合い、セッションできた時はよかったなとおもう。


タイミングというワードが出た。
タイミングをやたらと気にするひとがいる。なにかがすんなりといかないと今はタイミングじゃなかったと言う。すんなりってどうゆうの?ドラマティックな起こり方が好きなんだろう。一歩を踏み出すのが怖いんだろう。タイミングを言い訳につかうぐらいのものならば、起こらなくてもいいんだろう。

新月の日とか縁起のいい日とか、それも楽しいけれど、
運試しみたいなことで自分の運を計るのはやめて、
やってみたいとひらめいたことは、いま、何度でも、トライしてみよう。

どんなタイミングであれ、すべて最善。なのであれば、言い訳してたって最善なんだけど。
でもちょっと感じてみて。言い訳ばかりしてるとだんだん自分をイヤになってこない?言い訳ばかり言うひとの話聞きたくないよ。



自分のことをイヤって感じるようなことはなるべくしない、
それは最低限のセルフケア。

自分のことを受け容れにくいというなら、自分を嫌ってしまうようなことをまずやめていく。そしてね、あまりに品行方正だと自分のことをなかなか好きになれない。それは守らなければいけないルールがたくさんある。自分に課してるものが多すぎるから。



一生懸命なひとって美しい。
トライできるものがあるっておもしろい。
やりたいことやっていこーぜー。


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サイキックマッサージ

1月24日(日曜日)
ギリが「ニュートラル」をテーマにしたワークショップをします。
ボディワーカー、セラピスト、人と関わる人たちには必須のテーマだとおもう。
瞑想をしたいというひとにも!
ボディワークワークショップ Be still and Know 詳細はこちら


問い合わせはこちら(スタジオウーヌスHP内)

2020ありがとう

2020年、マルガと、スタジオウーヌスと、出会ってくださったみなさんに感謝します。どうもありがとうございました。

大きな1年でした。きっと多くのひとにとってもそうだったでしょう。


今日の午前、今年最後のセッションでした。
セッションが終わり、部屋の窓を開けたら雪が降っていました。
ちょうどウーヌスのある建物を出たばかりのクライアントの方に「雪!降ってるよ!」とベランダからおもわず大声出して話しかけるほど、なんかとてもいいシチュエーションとタイミングがうれしかったから。今日のセッションに祝福がもたらされたようなそんな光景だったな。


そして熱田神宮へお参り。
ここでも大祓の神事のタイミングにちょうど出会いました。熱田さんはいつもあたたかい。雪の中の神事はすごく美しかった。



わたしの2020年はいままで動かなかったことが動いたというかんじの1年でした。

動かそうと自分なりに一生懸命だったこと、気になってるけど手を付けてなかったこと、怖くて触れられなかったもの、めんどくさかったもの、
そうゆう物事がアクシデントやタイミングやらいろんな条件、プロセスを経て、いくつかのことが済み、いくつかのことが始まりました。


その中には何年間も時間を経たものもあり、済んだものも始まったものも両方にほんとに感慨深い。ほんとうにやっとだよ。
もっと他に言葉はないんか?と探すけれど、わたしのボキャブラリーは今のところ、感慨深いとしか表すものが見つからない。じれったいわー。


何年間もワークし続けたことがひとつの終わりをやっと迎えたこと、ほんとにうれしい。終わりという現時点での結果がうれしいということよりも、ここまでのプロセスを体験してきた自分がしあわせだなと感じる。



終わりははじまり。
終わりというのは一時的な目印みたいなもの。
そう、旅は続いているのだ。
わたしは自分の道を歩いている。

あなたの2020年はどんな1年でしたか?



2020年、ありがとうございました。


マルガ

いのちの顕れ

昨日、表現ワークショップを開催しました。
参加してくださってありがとうございました。
記事をシェアしてくださったり声をかけてくださったり、ありがとうございました。

今回は、クレヨンと水彩絵の具、香りをつかいました。
水彩絵の具は、当日の朝になって、ふとインスピレーションがきて使うことにしました。


準備している間、ほんっとにひさしぶりに仕事の楽しさをあじわいました。
そうだった、仕事っておもしろかったよな!って。
感慨深かった。



表現アートはプロセスワーク。
できあがった絵や作品の出来上がりではなく、自分に起こっていることを感じてそれを表現している過程(プロセス)すべてが、結果的にわたしたちに働きかける。 すぐには気づかないこともある。その場で気づきが起こることもある。なにが起こっても起こらなくてもそれはプロセス、つづいてつながっていく。


色を使っているといろいろな感情が出てくる、描いていると悩み事なんて忘れて穏やかになってる、浄化されたようなすっきりしたかんじ、そんなふうに感じることは、やはり表現のもつ力だなとおもう。



このグループを開催しようと決めてから開催するまでの流れがまさにわたしの表現のプロセスだったと、終わった今、あらためて感じています。




苦手と感じていても得意と感じていたとしても、表現するということはとてもパワフル。表現することへの抵抗があるのなら、なおさらかもしれない。
あくびが止まらなくなったり、とても疲れたり、痛みがでたり、感情が揺れたり、たくさんのジャッジが聞こえるときもある。こんなことして意味ある?ってしつこく声がしたり。そして忘れていた遊び心。信頼。無邪気さ。純粋性。静けさ。大きな歓び。本質が内から顕れてくる。



いのちの顕れ。
描いたその絵ではなく、表現しているその姿にそれぞれのいのちの美しさをみました。



どうぞ今後のプロセスも自分にやさしくしながらあじわいください。
ありがとうございました。 ギリ、サポートありがとう!





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スタジオウーヌスHP

リアルとリスクとアライブ 表現アートワークショップ

いいことが起こるとうれしいけどなんだか落ち着かない
つぎによくないことが起こるんじゃないか
いいことばかりは続かない
そんな考えがやってくる時がある。

なんでこんな考えがやってくるのかな
いつから、どこから、こんな考えをもつようになったんだろう

過去の生、宗教的な教え、小さな頃によく接していた大人の口ぐせ、集合的な無意識のしあわせへの怖れ・・
どれかひとつというより、すべてが混ざって。


そんなこと感じてはいけない
ネガティブなことを感じた瞬間に自分を否定する
首をぶんぶん振って自分に無理に言い聞かせる、そんなこと感じてない!


しあわせという感覚、それは今に気づけば簡単で、
もう一方、自分がしあわせでいることをゆるすのはなんでこんなに難しくなったんだろうともおもう。


あるときの瞑想後に聞こえてきた言葉。

自分だけがしあわせになってはいけない

母、祖母、女性たち。女性側から聴こえた気がした。



あなたが先にしあわせにならなくて、どうやってあなたの周りのひとたちがなれるの そんな言葉を言いたくなるのもわかる。 そしてそういう時に聞くそれはうっとおしい。


自分の中にゆるしてないものがあると、それを感じたときに抵抗する。
自分の中から聴こえても、目の前のひとが言っていたとしても。
反応して、嫌悪感を感じるか、ジャッジするか、聞こえなかったことにするとか。


すべてゆるしていたら、
なにを感じてもいいなら、
反応してもいいし、嫌悪感もジャッジメントも感じていい、
起こることをそのままにしているとき、抵抗もふくめ受容している。


受容

よく使われる言葉だけど、ほんとに大きなことだよね。人生が変わる。
簡単にできるよとはわたしは言えない。


いま感じている、いまここで起こっていること、
それを表現するのはリスク(危険)がある。

誤解されるかもしれない。嫌われるかもしれない。
こわい。
だけど、表れたがってるものがある。
いまここで起こってる自分にとっての本当のこと、リアル。
わたしは生きてるんだ。
わたしはここにいる。
わたしたちはみな表現者。



12/19開催 表現アートワークショップーーー生きること自己表現

ー色、描くこと、身体の感覚、感情、香り、他者の表現に触れることーで自分の表現をゆるしていきます。
ほんとはやりたいこと、ほんとは感じていること、マンネリから抜けたい、
それらにこの表現アートワークショップはなんらかのサポートができるでしょう。

あとひとり参加できます。


12月19日土曜日 14:00~18:00頃(開場13:50)
場所 スタジオウーヌス・名古屋市瑞穂区(変更になる可能性があります)
参加費 8.000円
※少人数でのグループです


予約・問い合わせ  こちらより(スタジオウーヌス問い合わせフォーム)


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サイキックマッサージセッションについて

いつも、毎回、初めて。 表現アートワークショップ

!!ウーヌス宛に問い合わせをしたけれど返信がこない、という方いましたら、
ご面倒ですが、再度こちらまでご連絡をいただけますか。
info@banyantree8.com
(問い合わせフォームがウーヌスへ届いていないようです。いまサーバー会社へ問い合わせ中です)

12/19のワークショップ、あとおひとり参加していただけます。
今週土曜日です。

生きることー自己表現 表現アートワークショップ https://margaprem.com/20201208

表現が大好きな方、大の苦手な方、是非お越しください。



わたしは表現というものにすごく憧れていました。
同時にむちゃくちゃ怖いものでした。いまも怖いと感じることはよくあります。


怖いから、できない、下手くそ、ってことはないですよね。


アクアフローティングの時にもよくあることだけど、水が怖いと感じるからといってアクアフローティングでの体験が難しいということは全くありません。
水が大好きだからプロセスが起こるということもないです。

水が怖いからプロセスを繊細に感じれるということはよくあるし、水が大好きというひとがアクアフローティングの中で水への怖さを感じることもあります。



苦手と感じるものには、そこになにかが潜んでいることは多いとおもう。それはたいていの場合、ギフトになりえる。
苦手シールが貼ってあるところは開いてみるとおもしろい。

そうゆう経験ありませんか?




いつも感じることなんですけど、
体験ってね、したことがあるから体験したってことは無いんです。

したことがあってもしてないひとは多い。おかしな表現ですけどほんとにそうだから。

前に経験したことがあるから・・ああそれ知ってる・・にだまされないように。

すぐカテゴライズしたり、なにかと関連づけたり、マインドはそうゆうことをしてこようとするけれども。その場で結論付けなくていいし、良いストーリーに仕立てなくてもいい。


いつも、毎回でも、わたしたちは初めて体験する。



12月19日土曜日 14:00~18:00頃(開場13:50)
場所 スタジオウーヌス・名古屋市瑞穂区(変更になる可能性があります)
参加費 8.000円
※少人数でのグループです

予約・問い合わせ 
info@banyantree8.com
上記のメールへお名前、電話番号、ワークショップ参加希望と記入をお願いします。

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表現って、遊び 表現アートワークショップ

あなたにとって、表現ってどんなことですか?

12月19日 表現アートワークショップ
表現を通して自分と他者とつながる
https://margaprem.com/20201208


家族に友人へ向けるまなざし、言葉
自分のためにつくるごはん
仕事
習い事でしているダンス
自分の想いをつづるブログ


ほんとはあのとき言いたかった
ほんとはあのとき背中をさすってあげたかったんだ
ほんとはあのとき甘えさせてほしかった
洋服の汚れなんて気にせずメイクが落ちようが
他人の目やお偉いひとの評価もほっといて
ほんとのYES、ほんとのNO


もしあなたが、いまの毎日のなかでなにかしらの息苦しさを感じているなら、このグループはあなたがあなたのハートにしたがって生きることを勇気づけ、力づけてくれるでしょう。


表現アートと聞くと、心理分析のようなものを思い浮かべるひともいるのですが、そのようなことは一切しません。

ファシリテーターが、表現したものにジャッジすることはありません。
採点する先生はいない。

この場では、自分の表現が起こることだけに集中してみましょう。
繊細に感じてみましょう。
プロセスを信頼してみよう。
そしてそれを仲間とシェアします。

たったそれだけ?
そう、たったそれだけで、さまざまなことを発見するでしょう。


表現って遊びだよ
それが創造性ってよばれてるもの
それを思い出していく


小さかったわたしたちのいた世界、いまのこの世界にも、 大人になったわたしたちの中にいるこども、まだ年齢としても大きくなっていない子どもたちにも、自由に生きることー自由な表現ーをゆるさない人たちが多くいます。
そのひとりは自分自身。

自分がゆるされたことがないから、ゆるし方がわからないのかもしれない。

もし自分が自由に生きたいなら、子どもたちに自由を渡したいなら、
練習すればいい。

無理に自己開示しろってことじゃない。
表現しても大丈夫な安全な場所。それがこのワークショップ。


おとなこども関係なく、素直な自由な表現が起こる世界、
それはみんながぎゃーぎゃー騒がしい世界ではない。
調和のある世界。

調和というのは自分でないだれかに外側に合わせようとするときに崩れるの。
だから自分を知っていくのが大切なんだ。



このグループでは、感覚、感情、マインド、色、身体の動きなど、 自分自身とつながって表現が起こるのをゆるしていきます。
クリエイティブコネクションという表現アートのツールをおもにつかっていきます。


あなたの才能・美しさを一番に知っているのが、あなた自身でいてください。


12月19日土曜日 14:00~18:00頃(開場13:50)
場所 スタジオウーヌス・名古屋市瑞穂区(変更になる可能性があります)
参加費 8.000円
身体を締めつけない汚れても大丈夫な服装で参加ください。
こちらで着替えもできます。
※少人数でのグループです

予約・問い合わせ  こちらより(スタジオウーヌス問い合わせフォーム)


・関連記事 生きることー自己表現 表現アートワークショップ https://margaprem.com/20201208

・セッションメニュー サイキックマッサージ

生きることー自己表現 表現アートワークショップ

もっと自分を自由に表現したい
自分を出して生きたい
自分の才能を見つけたい
直感に導かれて生きたい

そう感じてるひとに。

12月19日 表現アートワークショップ
表現を通して自分と他者とつながる


ほんとはやってみたいことがある。
絵を描いてみたい
感じたことを素直に話したい文章にしたい
好き勝手に踊りたい
あのひとと仲良くしたい
ほんとは怒ってるんだよ
だれかの顔色うかがうのもうイヤ
一生懸命生きたい
もっと遊びたい
創造性を発揮したい
毎日を豊かに暮らしたい

このほんとはやってみたいことは、 マインドではないところからわいています。 それはハート、ビーイング、魂からの呼びかけ。


じゃあ、なぜ、それをやらないのでしょうか?


わたしたちは家庭で学校で、感じるままを表現することをほとんどゆるされてきませんでした。
あなたの踊りは変だよ、歌が下手だから歌わないほうがいい、絵はこうやって描くものだ、怒るなんてバカバカしい、泣くのは恥ずかしい、大声で笑うのはやめなさい。こうでなきゃああでなきゃ。

批判やジャッジメント、失敗などさまざまな理由で、いつの間にか表現は危険なものとなりました。黙っていたほうが生き延びれると。


でも、もうわたしたちは自分のパターン、思い込みに気づき、 新しい方法で人生をすすめることができます。


このグループでは、アタマで考えるのではなく、表現アートというツールで本来の自分とつながっていきます。 自分でないものに気づいていきます。色、描くこと、身体、感覚をつかって。


自分が自分自身の一番の親友に。


表現というのはアートの世界だけのものではなく、
アーティストだけが表現の世界に生きてるわけではない。


わたしたち全員が表現者。
わたしたちは毎日、自分のいのちを生きることー表現ーしています。

創造性はみんなの中にあります。

自分にあるもの全部つかって生きたくない?


感じることをゆるし、感じたことをそのまま表す。


正解を求めてだれかの意見ばかり聞くことに飽きた
内からわく感覚にしたがって自分の人生を生きたい
毎日楽しく生きたい
自分の創造性を開きたい
五感ふくめ直感、自分の感覚をもっと繊細に感じれるようになりたい
ひととのコミュニケーションを楽しみたい
自分の才能をつかって仕事をしたい

そんな想いがあるなら。
感じること、感情を受け容れよう。


表現アートのクリエイティブコネクションというツールをつかい、
ただそのままの表現をゆるすことで、
素直な感情を感じること、
頭での理解ではないリリースが起こる可能性、
自分が感じてることを微細に感じ取れるようになること、
感情や言葉にできないなにかが昇華されること、
表現アートのもつチカラで自分自身を体験していきます。  

今回のこのグループでは、色と紙をつかい、身体の動き、感情、感覚、言葉をもちいて、自分自身と、生命エネルギーを止めているものに気づいたり、本質とつながります。




12月19日土曜日 14:00~18:00頃(開場13:50)
場所 スタジオウーヌス・名古屋市瑞穂区(変更になる可能性があります)
参加費 8.000円
※少人数でのグループです
予約・問い合わせ 
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12/11 サイキックマッサージセッション@東京

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